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CONTRAST
裕/文


 「さよならですの〜!!」

 西の街サイジェント。

 その港から出航していく一艘の召喚獣船へ向けて、いつまでも途切れることが無いかのような声が届いてきていた。

 俺もその声の主、モナティへ向けて、その姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

 目的はゲイルの機械遺跡破壊。

 そのためにモナティのマスターである誓約者ハヤトの力を借りにサイジェントまで来ていた俺たちだが、

 一息つく暇なく黒騎士ルヴァイド率いる黒の旅団の襲撃に襲われ、さらにはルヴァイドの口から語られた全ての事実。

 全ての元凶であるレイム=メルギトスの封印といった出来事を得て、ようやくぜラムへ帰れることになった。

 ハヤトたちをサイジェントへ送り届け終え、ようやくゼラムへ。

 「さよなら……モナティ……」

 もう一度だけ、口の中だけで呟く。べつにこれが永遠の別れというわけではない。

 頭ではそう理解できていても、感情はまた別の話だ。

 「さて、帰ってから忙しくなりそうだな」

 俺は勤めて冷静を装う。

 「ほう……随分と落ち着いているな?」

 「モナティがいなくなって、悲しみに明け暮れると思ってたのにな」

 「やめてくれよ二人とも」

 意外そうなネスとたしなめてくるフォルテに、微苦笑を返す。

 「やらなきゃならない事は山積みになって残ってるんだぜ。いつまでも悲しがるわけにはいかないさ」

 そう。やらなければならない事は沢山待っている。

 一召喚師だった頃には想像も出来なかったような多忙な日々が。

 そんな日々に忙殺され、モナティとの日々を思い返す時間などきっとないだろう。

 だから……今だけは……

 この船がぜラムに到着するまでの僅かな時間の間は、悲しみとしっかりと向き合っておきたい。

 そう願っても罰は当たらないだろう。

 「あれ……風が変わった……?」

 それまで向かい風だったのが、不意に追い風へと変わった。

 自然まで、俺が思い出に浸る事を反対しているのだろうか?

 「……いや……考えすぎだな」

 俺は船の縁に手を掛け、あらぬ方向を眺めた。目の端にじんわりと浮かんできた涙を隠すために。

 

 

 

 

 ゼラムへ帰ってからの日々は、ほぼ予想通りだった。

 無理もない。本来は俺の視察の旅だったはずが、いつのまにかリインバウム存亡の危機にまで発展していたのだから。

 当然の事件の中心部にいた俺たちは、筆舌に尽くしがたい程の忙しさに見舞われていた。

 といっても、王国や派閥への報告およびに事後処理に借り出されていただけなんだけど。

 フォルテがいればもっと要領が良くて楽だったんだろうけど、いつの間にか姿を消していた。

 けれど、それらもようやく一段落して、俺たちはようやく自由の身になれた。

 俺とネスは、派閥へと戻った。

 俺は任務を認められ、エクス総帥直々に家名を名乗ることを許された。

 どのような家名を名乗るか? と尋ねられた際に、俺は少し前から決めていた名前を迷わず口にした。

 『クレスメント』の名を。

 召喚兵器を作り上げ、リインバウムから召喚獣を遠ざける原因となった忌まわしき名前かもしれない。

 それでも、俺はクレスメント姓を名乗ることにしたのだ。

 忌まわしき過去の血筋としっかりと向き直るために。そして、同じ過ちを繰り返さないために。

 アメルたち皆も、それぞれの道を歩き始めていた。自分の道をしっかりと。

 ただ、こうして時間に余裕が出来て、周りが見えてくると、見たくないものも見えるようになってきてしまう。

 モナティのことだ。

 『失って初めてその価値がわかる』――よく言われる言葉は、全くその通りだった。

 今までは忙しさを理由に目をそむけていた事実。モナティに対してこんなにも心を許せていたなんて。

 ――そう考えていたとき、突然部屋のドアがノックされ、考え事は強制的に中断させられてしまった。

 ちなみにここは派閥内部に設けられた俺の自室。といっても見習い時代より多少マシな程度の部屋だけど。

 「ねえマグナ……ちょっといいかな……?」

 ノックの後、扉の向こうからは遠慮がちな声が聞こえてきた。

 「どうぞ」

 扉に向かいぶっきらぼうに言い放つと、声と同じく遠慮がちに扉が開く。

 姿を見せたのは幻獣界メイトルパに住むオルフルのユエルだった。

 もともとこの世界には暗殺用の道具として召喚されたユエルには、行く当てがほとんどなかった。

 ファナンの下町で暮らす。という選択肢がかろうじてあったのだが、彼女はそれではなく俺の傍にいることを望んだ。

 結果的にユエルは、俺の護衛獣ということになっている。

 「どうした、ユエル?」

 扉を開けたというのに、戸口の付近で黙って立っているユエルに対し、俺は声を掛ける。

 「うん……そのね……」

 普段はハキハキとした印象があるだけに、この歯に物が挟まったような話し方は逆に新鮮だ。

 ただ、珍しいだけにそれが何か重要な事実ではないだろうかという事も推測できる。

 もしかして、何かトラブルでも起こしたんだろうか?

 暗殺する際に都合がいい。ただそれだけの理由でリィンバウムの常識を教えられなかったユエルなのだ。

 不都合があっても仕方がないのかもしれない。

 

 

 ――そうだ……ユエルは……この世界に召喚された存在なんだ……

 それもメイトルパから……モナティと同じ世界から……獣人のユエル……

 

 

 そう改めて認識した瞬間、俺の中で何かが切れた。

 「うわああああああっっっ!!!」

 喉が破れんばかりの咆哮と共に、手近にあった机に向けて思い切り拳を叩きつける。

 丈夫な樫の木で出来ているのだが、長旅で鍛えられた俺の体はそれよりも強力だったらしい。

 机の表面に拳の跡がクッキリと刻み込まれ、亀裂が表面全体を走る。皮が破れ出血したが、そんな事はまるで気にならない。

 「マグナっ!! ねえどうしたの!?」

 ユエルの狼狽する声が聞こえてくるが、耳の中に入ったその声も頭の中で無意味な言葉の羅列となる。

 もう一撃鉄拳を受け止めた机はあっけなく崩壊してしまった。

 木片が腕に突き刺さり、浅く怪我を負うが、痛みは全く感じられない。

 今度は本棚の淵に手をかけ、力いっぱい投げ飛ばそうとする。

 流石に重すぎて飛びはしなかったものの、本を撒き散らしながら床に倒れ、室内が小さく揺れる。

 「落ち着いてよマグナ!!」

 俺を羽交い絞めにしようとユエルが飛びついてきたが、身長差が関係してそれは失敗に終わる。

 逆に俺は近づいてきたユエルの腕を捕まえると、今度はユエルに向けて拳を向ける。

 「えっ……!?」

 そこまでしてようやく頭が平静になる。自分は一体なにをしようとしているのだろうか、と。

 けれど次の瞬間、

 「いっ!!」

 鋭い痛みが胸元から全身を駆け抜けた。慌ててそちらに目をやれば、裂傷が四本斜めに走っている。

 決して浅くはないが、致命傷というほど深くもない傷。傷の側には俺の血に染まったユエルの爪が見える。

 どうやら落ち着きを取り戻すのが一瞬遅かったらしい。

 「ごっ、ごめんねマグナ……」

 ユエルが顔をくしゃくしゃにして謝ってきた。俺は片手で傷を押さえながらもう片方の手をユエルの頭に乗せる。

 「いいんだよ。俺が悪かったんだから」

 同時に頭を優しく撫でてやる。

 「でも……」

 いくら言っても、自分がつけてしまった傷が気になるのだろう。怪我した部分をじっと見つめてきた。

 未だ出血収まらぬ傷口からは鮮血が流れ出て、俺の服を朱に染めていく。

 俺はその怪我している部分を手で隠すと、安心させるように笑みを浮かべる。

 「取り乱した俺を止めてくれたんだから、ユエルは全然悪くはないぞ」

 「でもユエル……マグナのこと……」

 これは、この胸の傷がある限りはどう言っても聞きそうにないな。

 そう思った俺は、廃棄物と化した机の引き出し部分にあった紫色のサモナイト石を拾い上げる。

 そして正しい手順に従って詠唱をし、誓約を交わした召喚獣を呼び出す。

 「リプシー、頼む」

 現れたリプシーは、願いにしたがって光を俺に向けて降り注がせる。

 そしてその光が止むと、胸の傷はすっかり癒えていた。

 流石に力の弱いリプシーでは完全に治療をすることは無理だったらしく、傷痕が綺麗に残ってはいるが。

 「さ、ユエル。これでいいだろ?」

 役目を終えたリプシーは、溶けるようにして消えた。

 リプシーがきちんと送還していくのを見届けてから、もう一度ユエルに向き直る。

 「っと、そうだ。たしか……俺に何か用があったんだろユエル?」

 「うん……ユエルね、マグナのことが心配だったから……」

 「心配?」

 心配? と、胸中でもう一度反芻する。

 確かに取り乱してしまったのだから、ユエルの危惧は当たっていたことにはなるだろうな。

 けれど、そんな未来の心配じゃあないだろう。とすると、ユエルは一体どんな心配を?

 「だって最近のマグナ……すごく寂しそうだったから……」

 「うーん……そりゃあ、アメルたちがいなくなったんだし、少しは寂しいけど……」

 それを聞いた瞬間に、ユエルの表情が一変した。

 瞳からは一粒の涙が零れ落ち、その一滴を契機にとどまることを知らないかのように泣き出す。

 「ひっく……ひっく……マグナも……ウソつきだよぉ……なんで……ウソ……つくの……?」

 「おいおい……俺は別にウソなんて……」

 「ウソだもん!! だって、マグナが寂しいのはモナティがいなくなったからでしょ!?」

 そう叫ばれて、思わず何も言えなくなってしまう。

 「マグナ……前にユエルに言ってくれたでしょ……悲しいウソはつかなくてもいいって……

  なのに……何で……マグナがウソつくの……?」

 嗚咽のせいで途切れ途切れの声を聞きながら、俺の心が少しずつ溶解していく。

 そう。ユエルの言う通りなのに……なぜこんなつまらない意地を張ってしまったのだろうか?

 こんな意地を張ったところで、何の意味もないというのに……

 いや、むしろユエルを悲しませるという愚を犯してしまったのだ。

 「ねえマグナ……ユエルじゃ……モナティの代わりにはなれないのかなぁ……?」

 俺の表情を見て何かを悟ったのだろうか?

 普通に話せるくらいには泣き止んだユエルは、突然話題を変えてきた。

 ――いや、変わってはいない。モナティが関係している以上は。

 「ユエルは、モナティの代わりにはなれないよ……気持ちは嬉しいけどね」

 聞き取り様によっては残酷とも取られない言葉だけに、俺は出来るだけ含みを持たせるように心がけた。

 そして、ユエルの頭に言葉が浸透する前に次の句を続ける。

 「だってさ、ユエルはユエルだろ? どんなにモナティみたいに振舞っても、モナティにはなれないんだから」

 俺は絨毯の上にしゃがみ込み、中腰になる。

 「ユエルは、ユエルのままでいいんだから」

 まっすぐに瞳を見つめ、ユエルに笑顔を返す。中腰になったのは、そうしないと目線が合わなくなるから。

 「なんて偉そうに言ってるけどさ。俺も同じなんだよ」

 少しだけ笑顔を変化させる。人に安心感を与えるような顔になるようできるだけ意識して。

 「正直に言うよ。俺はいつの間にかモナティを心の拠り所にしていたんだ。いつか別れるんだってわかっていたのに……」

 この先を話すのは少し恥ずかしかった。けれど言わなければならない。

 俺は出来るだけ落ち着いて言葉を繋いでいく。

 「さっき、ユエルとモナティがダブって見えた。このままユエルをモナティの代わりに……そんな考えが閃いちゃってさ。

 心のどこかに、そんな代償行為で満足しようとしている自分がいるって分かったら、突然恥ずかしくなった。

 自分の弱さが許せなかったというか、なんというか……それでつい取り乱しちゃったんだ。

 相手に失礼だってわかってるのに」

 俺の語りを、ユエルは一心に聞いていた。

 難しそうな顔をしていたところを見ると、完全に理解していたというわけではない様に見える。

 「マグナの話は半分くらいしか分からなかったけど……」

 ようやくユエルは笑顔を見せてくれた。

 「じゃあ、今度はユエルに頼っていいよ」

 ユエルの優しい言葉に、今すぐ甘えてしまいたくなる。けれど俺は、ゆっくりと首を横に振る。

 「その気持ちは嬉しいけど、いい加減一人立ちしないとな。いつまでも甘えているわけにはいかないよ」

 「ユエルは、甘えてもいいと思う。誰だって、一人は寂しいもん」

 シンプルな回答。それでも――

 「ありがとう」

 俺は久しぶりに素直に気持ちを口に出来た気がする。

 「なんだか、その言葉で随分と楽になれた気がするよ」

 「エヘヘ……ユエル、マグナの役に立った?」

 「ああ。それじゃ、耐えられなくなったら甘えさせてもらうよ」

 「うん。でも……」

 二人とも何気なく辺りを見回す。

 「部屋の中スゴイね……」

 「ああ……後先考えずに暴れちゃったからな」

 机は幾つもの木片の残骸となっており、本棚も倒れた拍子に幾筋もの罅[ひび]が入っていた。

 収めてあった本も当然のごとく床にぶちまけられ、変な折り目がついた物や破けてしまった本もある。

 本棚は補強すれば何とかなるだろうけど、問題なのは――

 「机……壊れちゃってるね」

 「まあ、別にいいよ。だって俺、自慢じゃないけど勉強なんてしないからさ」

 とはいえこのままにもしておけない。後で報告しなければならないと考えると頭が痛くなってくる。

 「部屋のことは後で考えるとして……とりあえず出掛けるか?」

 「え……出掛けるって……?」

 俺のあまりに唐突な話題転換にユエルは着いていけなくなり、目を白黒させる。

 俺自身、この部屋のやるせない状況から少しでも逃げたいという逃避行動なのだから。

 「気分転換だよ。それに、ここんところ部屋に閉じこもってばかりだったしな」

 「あ、でも行くってどこへ?」

 廊下に出たところで、ユエルが聞いてきた。俺はワザと勿体をつけた表現をした。

 「いいところだよ。って言っても、ユエルも知ってるところだけどな」

 

 

 

 

 「どうだユエル。いい眺めだろ?」

 俺の問いかけに、ユエルは目を丸くして言葉ではなく態度で表してくれた。

 ここはフロト湿原。

 王都の南西に位置する広大な湿原で、前にミモザ先輩に教えてもらったとっておきの場所だ。

 ユエルも来た事のある場所だが、そのときはこんなにのんびりとした気分には到底なることは出来なかった。

 「けど、あんまりはしゃぐなよ。転んだら危ないからな」

 「うん……あっ!」

 釘を刺した次の瞬間には、ユエルの瞳には楽しそうな色が宿っていた。視線の先を追うと、リスらしき小動物がいた。

 リスは俺たちの姿に気づいたらしく、身を翻して逃げ出して行った。

 「待て待てー!!」

 ユエルも楽しそうに声を上げて、リスを追っていく。

 「釘を刺したばかりなのに。まあ、仕方がないかもな」

 今までこんな自由な時間はほとんどなかったのだから、ストレスがたまっていても不思議じゃあない。

 ましてや元気なユエルには。

 見失わないよう俺も小走りで後を追った。

 先頭を走るリスはちょこまかと懸命に逃げ回り、草が深く生い茂ったところで大きくジャンプした。

 ユエルはすぐ近くまで迫っている。

 ――え、ジャンプ。 ということはひょっとして。

 「ユエル!! そこは……」

 警告を発するのとユエルが盛大に水しぶきを上げたのはほぼ同じタイミングだった。

 いくら草の絨毯が引いてあるとはいえ、この湿原全てを覆っているわけではない。中にはこういった剥き出しの部分も当然ある。

 リスが飛んだのは、この水を避けるためだったのだ。

 「大丈夫かユエル?」

 俺は慎重にユエルが落ちた場所に近づく。不幸なことに水は泥水のようになっており、黒く濁っていた。

 深さはそれほどではなく、むしろ雨上がりの水溜りのようなものだった。溺れる心配は皆無だろう。

 「うん……大丈夫だけど……」

 水の中でユエルは、落ち着きなさそうにしきりと自分の体を見回していた。

 「ほら、手貸して」

 俺が手を貸して引き上げてやることで、ユエルはなんとか上がることが出来た。

 「うわーん……びちょびちょ……」

 「風邪引くから、脱いだ方がいいぞ」

 「あ、そうだね」

 ユエルは躊躇なく言い放つと掛けていた鞄を下ろし、手袋も外すと乱雑に靴を脱いだ。

 「え……?」

 困惑する俺をよそに、ユエルは赤と黄のストライプのオーバーニーに手を掛けた。

 全体的に湿ったせいで脚にまとわりついていたオーバーニーがユエルの脚から離れた。

 そして同じ柄のインナーが上着と一緒にユエル自身の手で脱がされる。

 最後に残ったポケットが大量についた印象的なスカートもベルトが外され、下ろされた。

 あっという間に全裸になったユエルは、仕上げといわんばかりに残った水分を飛ばそうと体を小刻みに震わせる。

 その仕草は丁度犬や猫のそれと酷似しており、やはり彼女も獣人なのだということを改めて認識させられた。

 それと同時に、ユエルが女の子なのだということも認識する羽目になった。

 微かだが膨らみのある胸部に、僅かながら丸みを帯びている体。それより何よりも、股間の部分が如実に物語っている。

 「脱いだよ?」

 「あ、ああ……」

 俺の動揺などどこ吹く風というように素直な表情をユエルは見せる。

 これはつまり――価値観が違う。ということなのだろう。

 人前で裸になる。という行為に対する羞恥心というものは無いのかもしれない。

 「えへへ……マグナに裸見られちゃった」

 ――それなら何か着てくれ。

 そう言うと思ったのだが、ユエルに続けて発言されてしまった。

 「どうマグナ……ユエルの身体……綺麗かな……?」

 「えっ!?」

 突然のユエルらしからぬその発言に、一瞬頭が混乱する。

 それでも落ち着いてゆっくりと事態を整理していくことで、ある一つの仮説を導き出した。

 「……ユエル。そう言えって誰に吹き込まれたんだ?」

 「う……」

 ユエルの目があさっての方向を向いた。やっぱり、と思わず言いたくなる。

 「どうせ、ミモザ先輩あたりだろ。怒らないから正直に言ってごらん」

 「――うん。あとフォルテにも言われたんだけど……」

 その名前が出てくるんじゃないかというのも、予想済みだった。

 事のあらましは――聞かなくても大体想像できる。

 そして、悲しいかなユエルの口から語られたのは、俺の予想通りの内容だった。

 俺の元気が無い事を心配したユエルが先輩たちに相談しに行ったのだが、そこで要らぬ事を吹き込まれたと。

 「まったくあの人たちは……」

 怒っていいのやら呆れていいのやら。

 「ねえマグナ……さっきの答えは?」

 「へ……答えって?」

 「だから、さっきの答え。ユエルの裸見て……こっ、興奮する?」

 「…………ああ。ついでに言うと、ユエルの事を抱きたい」

 俺はユエルの後ろに立つ。

 「嫌だったら、抵抗しろよ」

 肩に手を置きながら背中越しに声をかけ、ユエルを草の上に座らせる。

 そのまま後ろから覗き込むように顔を出すと、俺はもう一度質問を投げかける。

 「抵抗しないのか?」

 「うう……イジワル……」

 悪戯めいた笑顔を浮かべる俺に、ユエルの苦々しい表情が帰ってきた。

 そんなユエルが可愛らしくて、酷な台詞を口にしてみる。

 「でも知らないぞ。男ってのは――オルフルは知らないが人間の男ってのは、愛が無くても抱けるんだからな。

  もしかすると俺は、モナティの代わりとしか見てないのかもしれないぜ」

 「平気だよ。だって――」

 ユエルが僅かだが目を伏せた。

 「マグナのこと信じてるもん」

 嬉しいことを言ってくれた。ついさっき自分があんな台詞を口にしたのが無性に恥ずかしくなる。

 返事の代わりに俺はユエルの胸元に手を伸ばす。ほとんど平らと言っていいユエルの胸の僅かな膨らみを手の平に包み込んだ。

 ユエルの体はまるで借りてきた猫のように大人しくなっており、緊張のためか前進に不必要なほど力が入っていた。

 俺は腫れ物でも扱うかのように、胸元にゆっくりと刺激を与えていく。

 最初はほとんど力を入れずに指だけを動かし、そして段々と激しく、指から手全体を使うように動かしていく。

 加速するように少しずつ腕に力を込め、円を描くように動かす。

 「…………んっ……ぁ……」

 ユエルの口から漏れる、押し殺した声。まるで極力声を出さないように努力しているかのようだ。

 そんなユエルの声が聞きたくなり、感度の良くなってきた胸の乳首を強く摘む。

 「……んんっ!!」

 少しだけ体を震わせ前のめりになるが、やはり声は押さえようと努力している。

 「どうしたユエル。そんなに黙って?」

 「……だって恥ずかしくって……声、聞かれちゃうから……」

 そのなんとも可愛らしい理由に、思わず笑みが零れてしまう。

 「その声を聞きたいんだよ」

 同時に背筋にキスをする。

 「ひゃ!!」

 「可愛いぞユエル」

 遠慮の無い本気の声が何故だか嬉しくなり、そのまま背筋に細かなキスを連続して続けていく。

 「あっ! うう……気持ちいいよぉ……」

 しばらくキスを続けた結果、前屈のような体位でユエルはへばってしまった。

 頬を紅潮させ荒く浅い呼吸を幾度となく繰り返すユエル。

 何とか息を整えようとするユエルに休む暇を与えずに、俺はそっと手を下へと伸ばす。

 「ひゃう! マ、マグナぁ……」

 腿の間に手を差し入れると、ユエルは反射的に両足を閉じてきた。

 腕に締め付けを感じるものの、それは動きが制限されるほどではなかった。指先を目的の部分にそっと当てる。

 「んっ……」

 その部分は朝露に濡れたように湿っており、軽く指先を動かすたびにユエルは過敏に反応を返してくる。

 ただ、流石にまだツボミの状態であり、あまり無理をする気にはなれない。

 俺はユエルの体を刺激に慣れさせようと、指先の動きを少しずつ強く且つ速める。

 始めはスリットに沿って緩やかに動かしていただけだが、やがて人差し指と薬指を使って割れ目を少しだけ押し広げる。

 「だ、ダメェ……!」

 とっさに自分の腕で俺の腕を掴もうとしてきた。けれどそれは、空いていた俺のもう片方の腕に軽く阻止される。

 ほとんど力の入っていないユエルの腕は、二本とも利き手と逆の腕でも軽く掴むことが出来た。

 「イタズラしないの」

 「だってぇ……」

 ユエルは口を尖らせるが、それ以上の二の句は続けてはこなかった。

 軽く何度か円を動かすように刺激を与えると、押し開いた内部へ指を進入させる。

 既にある程度湿り気を帯びていたそこは、遅滞なく円滑に動かす事が出来た。

 「んっ……んんっ……」

 一本の指で、ユエルの内壁をじっくりと刺激していく。幾らかザラついた内壁を指の腹で擦っていくと、

 ユエルは俺の指を強く締め付けてきた。

 「ふああぁぁっ!! マグナぁ……そこ……」

 ある一点を刺激したとき、ユエルからは一際高い声が上がった。

 「ここが気持ちいいの?」

 返事はなく、ユエルは真っ赤な顔でただ頷いた。

 「もっとして欲しい?」

 「もっと……シテ……ほしい……」

 アクセントだけを変えてオウム返しに言葉を返してきた。

 俺はユエルの願いを叶えるべく、先ほどの部分を重点的に責めていく。

 その度にユエルの口からは可愛らしい喘ぎ声が漏れてくる。その声は次第に感覚が早くなり、

 口調も我慢をしているのが良くわかるようになってきた。

 「ユエル……ユエルもうっ!!」

 ほとんど叫び声のような声をユエルは上げる。

 体からはぐったりと力が抜け、内壁からはサラサラとした愛液が大量に溢れてきた。

 丁度その瞬間には、連動したようにユエルのフサフサとした尻尾もピンと伸び上がり、そしてすぐに力が抜けていった。

 疑う余地すらない。ユエルはイッたのだ。

 「ねえ……マグナ……」

 いまだ収まらぬ荒い呼吸を続けながら、俺の腕の中でユエルはこちらを見てきた。

 「マグナはしないの? ユエル、よくわからないけど、二人がするんでしょ?」

 「……じゃあ、そう言うことなら」

 座った状態でズボンのチャックを開けると、すっかり高質化した自身を露出させる。

 ユエルの横抱き――俗に言うお姫様抱っこ――に抱え上げると、ゆっくりと俺の腰の上に移動させる。

 それでもやはり、小さな女の子とするというのは抵抗があった。イマイチ踏ん切りがつかない。

 「大丈夫。二人に聞いてたから」

 ユエルが不意に口にした。ただ言葉自体の持つ強い意志で隠そうとしても、抱いている俺には良くわかる。

 小刻みに震える体。それはこれから起こり、体験することに対する不安と恐怖からの震えだった。

 「わかった。わかったから、落ち着きな」

 顔のすぐ近くで、やはり僅かに震えているユエルの唇を俺は自分の唇で塞いだ。

 ユエルは無言で身を任せてきた。俺はユエルの心に安心感を与えるように心を込めて優しくキスをする。

 やおら、しばらくしてから唇を離す。

 俺の目に飛び込んできたのは蕩けた様なユエルの瞳。その体から震えはすっかり止まっており、余分な力も完全に抜けていた。

 自然体――ユエルは俺に全てを任せてくれたのだ。

 「それじゃ……いくぞユエル」

 「うん」

 小さく頷くとユエルはギュッと目を瞑る。

 俺はユエルの体をゆっくりと下降させ、ユエルの中に一物を落とし込む。

 「んうっ!」

 先端部分だけが僅かに入っただけでも、痛々しい声が聞こえてきた。

 だがユエルの言葉とは裏腹に、ユエルの内壁はゆっくりとだが確実に俺自身を飲み込んでいく。

 「く……ひ……」

 苦しげなユエルだが、それとは対照的に俺は快感だった。

 小柄なユエルの中はただでさえ狭く、内側のザラザラとした部分が直接刺激を与えてくる。

 俺はその刺激に導かれるかのように腰を突き上げ、ユエルを更に味わう。

 「あ……う……ああ……」

 まだまだ苦しい様子だけど、声から判断するに幾分痛みは和らいでいるように思えた。

 「はぁっ……マグナぁ……」

 不意にユエルは俺に抱きついてきた。

 それまで小さな子供のように俺の腕の中にいたのだが、腕を思い切り伸ばし、強く抱きついてくる。

 ユエルの細かな息遣いすら肌で感じられるほどの接近だ。

 「……っ!」

 急に背中に痛みを感じた。どうやらユエルが爪を立てたらしい。

 こういった行為の最中に女性が爪を立てると言う話は聞いたことがあるけど、まさかユエルにやられるとは。

 もしかしたらこのまま爪に引き裂かれて死んでしまうかも……縁起でもない。

 「ユエル……爪が……」

 精一杯なんでもない表情をつくり、ユエルに注意を促す。

 「だって……だってぇ……!」

 限界が近いのだろうか、ちゃんとした状況判断が出来ないように夢中で俺にしがみついてくるユエル。

 それを契機に、俺への締め付けが一段と強く感じられた。

 我慢しようにもユエルにどんどんと吸い取られていくような感覚が襲ってくる。

 「ユエル!!」

 名前を呼びながらユエルの唇をもう一度キスで塞ぐ。

 上の口を塞ぎながら、下の口の中には我慢できなかった精液をユエルの中に注ぐ。

 唇を離すと、ぐったりとユエルは俺に寄りかかってきた。

 一度にこれだけの体験をしたのだから、無理もない気がする。

 ユエルを抱きかかえると、そっと草むらに寝かせる。

 フロト湿原独特の草が、さながら天然のベッドのようにユエルの体を包んだ。

 その上に、傷の具合を確かめようと脱いだ上着をかけてやった。

 そして改めて背中の傷を観察する。見た感じ、それほど大きな怪我ではなかった。

 少なくともこの程度なら、無視していても数日で治る。薬を使えば痕も残らないだろうが、そんな気は毛頭ない。

 この背中の傷も胸元の傷も、ユエルとの絆の証なのだ。無闇に消すつもりはない。

 「可愛いぞ、ユエル」

 俺はユエルの隣に腰掛け、頭を撫でながらそう呟いた。

 

 

 

 

 カチャン、と音を立ててカップがソーサーに置かれる。

 カップの取っ手に絡ませていた指を解いて頬杖をつくと、召喚師ミモザ・ロランジュは浅くため息をついた。

 「あんなこと吹き込んじゃったけど、本当に大丈夫かしら?」

 ここはギブソン・ミモザ邸の応接室。

 この邸宅には、つい一日前ほど前に主たちにとって懐かしい客人が来訪していた。フォルテとケイナである。

 彼らと共の談話の最中に、ミモザがポツリと漏らした言葉がそれだった。

 「なにを心配してるってんだ?」

 「ホラ、あの子達のことよ。ついあんなこと言っちゃったけど……」

 ミモザが口ごもる。口に出すには少しだけ憚られる内容だったから。

 「もしもよ、もしも。もしもあの二人の子供が出来たりなんてしたら……」

 「なんか問題でもあるのかい?」

 「あのコも名字を名乗るようになったのに、召喚獣との子供なんて出来たりしたら」

 「疑問に思っている事をハッキリと言ったらどうなんだい、ミモザ」

 「へ? そりゃどういう意味なんだ、ギブソンのダンナ」

 フォルテの質問にギブソンは重々しく口を開いた。

 「私たちは昔、はぐれとの間に生まれて不幸な人生を送った子を知っているんだよ」

 「まあ……」

 「その子の父親はシルターンの鬼神でね。そのことが原因で親に捨てられてしまったんだ」

 無色の派閥の乱の犠牲になった少年カノン。あの事件に関わった人間にとって、彼のことはまだ辛い記憶だ。

 ギブソンの語りが終わると、室内が一時、シンと静まり返る。その静寂を打ち破ったのはフォルテだった。

 「そいつは心配ねーだろ」

 確信に満ちた声でフォルテはそう答える。

 「両親から望まれて生まれてきた子供が、どうして不幸になるってんだよ」

 それは当たり前の事実。ただ、当たり前すぎて誰もが忘れかけていた事実でもあった。

 「その子供のことは不幸なことだったのかも知れねーけど、アイツらは違うだろ?」

 「そう……よね」「そうね」「その通りだな」

 三人が同じ内容の言葉を同じタイミングで口にした。

 「生まれてきたのなら、私たちが祝福してやればいい。同じ過ちを繰り返さないためにも」

 「まあ、仕方がないわね。可愛い後輩のためにも、力を貸してあげましょうかしらね」

 彼らの危惧が現実となるかどうかは、誰もわからない。

 けれど彼らは満足そうな表情を浮かべていた。

 

 終

 


解説

 『姪採る派(メイトルパ)』……変換ミスで何度か単語が出てきました。登録しようね、自分。

  閑話休題[それはさておき。と読む]

  ヒュ……じゃなかった、ヒューガ様。リクエストの品です。お気に召されるかどうか分かりませぬが。

  当然の事ながら、読んでくださった方々もありがとうございます。

  誓約者編をクリアしたときに、護衛獣いないじゃん。じゃあマグナは召喚師資格剥奪? とか思いました。

  (召喚師試験は護衛獣と試練を乗り越えることに意味があったのでしょうから)

  モナティはいなくなったし、一体どうするんだろう? じゃあユエルが護衛獣になれば良いのでは?

  とまあ、そんな妄想を抱いていたんですよ。で、リクが来たので何とか形にしてみようと思って。

  そんなのが根底にあったんですね、この文章。言い換えれば、それだけなんですけど……

  何だか純愛っぽくない気がします。そんなにエッチでもないですし。

  あーもうチビっ子は難しい!!(そしてフォルテは使いやすいなぁ)

  ほかにもユエルって獣なんだし、発情期とか関係してるのかな……とか悩んだりもしたんですけどね。

  発情して体を擦り付けてくるユエル……なんかヤダなぁ。(イイって人もいるかもしれないけど)

  でも一番悩んだのは体のつくり。一応人間基準で書きましたけどね……

  膜は無いです。別にカラウスに破られたとかじゃなくて、オルフルは最初から無いという設定にさせて頂きました。

  だってアレ、人とモグラにしかないらしいですし……以前のハサハはあったんですけどね。

  キツネの妖怪に膜が存在してるの? という疑問が来まして、じゃあユエルはナシの方向にしておこうと。

  さーて次は本編だ。

 


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