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「ほなぁ〜・・・おおきにぃ〜・・」
「いやぁ〜小若はん、・・はばかりさん(ご苦労様)どしたなぁ〜せいだはる(急いでいる)の無理ゆうて・・・」
「へぇ〜・・・おおきにぃ〜〜っ・・だいない(支障がない)どす・・・」
私はおかぁさん(女将さん)に一礼し次ぎのお座敷へと向かう
格子戸をくぐり抜けると飲み屋が連なう先斗「ぽんと」町界隈
四条通りに抜ける細い路地には、道しるべの様に軒提灯が点々と浮かび上がっている
打ち水された石畳が、しっとりと濡れ光り
ゆるい坂道になっているこの路地(先斗町)を一層風情のある佇まいにさせている
「おしまいやすぅ〜〜っ(こんばんわ)」
ポックリ、ポックリ、・・・とおこぼの音を響かせて
お座敷に向かう舞妓達が独特の祇園言葉で挨拶をかわす
割れしのぶの髪に。だらりの帯び。 舞妓特有の出で立ち
夕闇せまる花街に白い白粉がユラユラとたなびく
この世界(花柳界)に入った事が昨日のように思い出される
お引きずりの着物の褄を手に取りながら、ふとそんな事を考える。
当時の私はただ、彼から逃げたいそんな邪念にしいられていた。
小学校から、ずっと想っていた人。
たくさんの素敵な思い出は掛け替えのない私の財産だった・・・
あの日が来るまでは・・・・。
はじめて彼と結ばれ幸せを一身に浴びるはずたった。
まさか、ずっと裏切られていたなんて、思いもよらなかった。
私の他にたくさんの女の人が居たと・・・・
それが分かった瞬間、今まで思い抱いて居た夢が、ぷっつりと切れてしまった。
私は身を引くつもりだった・・・・でも。
彼からの誘いは、途絶える事なく続き、私を苦しませ。
何もかも考えられなくなるほど、追い詰められていた・・・
(逃げたい・・・彼から逃げたい。彼が手の届かない世界に・・・・・・)
私は考えぬいた末、花柳界に身を置く決心をした
幼い頃からお祖父様に連れられ何度かお茶屋へ遊びに来ていた私にとって、
そこは現実と掛け離れた世界だった
家族ぐるみでお茶屋さんに馴染んでいた私は、祇園甲部のお茶屋、『登美代』の門を叩いていた
「女将さん、ウチ舞妓になろう思うんです・・・」
「いやぁ〜若ちゃん何ゆうてはんの!?・・・そんなん、綾崎の旦那さんが聞かはったら大目玉どっせぇ〜!」
大反対されるのは、はじめから分っていた・・・
私は何度も『富美代』に通いつめ、何時しか置屋に泊まり込むまでになっていた
芸舞枝が生活をする置屋は舞妓になる前の仕込さんが稽古や雑用、等をする修行場でもある
置屋の奉公を自ら進んで仕える事で、意志の堅さを知らしめた
そんな私を見た女将さんは
「若ちゃんは小さい時から変わらへんな〜言い出したらガンとして聞かはらへん・・・ふふふ・・・」
「すいません!・・・ご迷惑だって分かってるんですけど・・・どうしてもなりたいんです!!・・・」
「よろしおすぅ、アテが若ちゃんを責任もって預かりまひょ、綾崎の旦那さんへはアテからあんじょう
ゆうとくさかい・・・」
「ありがとうございます・・・頑張ります!」
「ええにゃて、若ちゃんみたいなベッピンさんが来てくれはったら祇園で天下取るのも夢やないぇ〜」
おかぁさん(女将さん)は切羽詰まった私をそういって励ましてくれた
まだ、三十そこそこだというのに 古い老舗の『富美代』を一手に任されている
京都の五花街(祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町、上七軒)の中で最大規模を誇る祇園甲部の中で
一段と格式の高い『一力亭』と並ぶ『富美代』を細腕一本で切り盛りしているやり手の女将
昔は売れっ子の舞妓だったそうで 瓜ざね顔の京美人。
女将を目当てに来るお客さんも少なくなかった。
舞いで仕込まれた物腰柔らかな立ち居振る舞い。
そそ、とした仕草。
女の色気をそのまま形にしたような人。
どんな不粋なお客さんも、その巧みな話術で何時の間にかおとなしくさせる
頑固なお祖父様も、女将さんの前では猫のように柔媚し、頭が上がらない
芯が一本通った強さの中に、女性らしい、はんなりとした人柄で
幼い時から憧れの女性だった
(ウチも・・・おかぁさん、みたいにたりたい!!・・・。)
側で見ていた私は、彼女の魅力に希望を見い出していた...。
第2幕
先斗町から四条通りへ出ると街の雑踏が不意に飛び込んでくる
大橋を渡り南座を見ながら八坂さん(八坂神社)に向かって歩いていくと
四条通り南東角の『一力茶屋』が見えてくる
祇園のメインストリート、花見小路に面し、赤壁の紅殻格子が一際目立つ
南北に横断する花見小路の南側は、竹矢来に格子作りのお茶屋や料理屋が建ち並ぶ
その一帯はタイムスリップしたような古い町並みの京情緒が色濃く残っている
中でも『一力亭』は最上級の格式があり、客筋も政界財界のVIPクラスが顔を列ねる。
どっしりとした門の内側に『一力』と抜かれた渋柿色の大きな暖簾『のれん』が掲げられ
一見客を近づけない敷き居の高さが伺える
「おおきに〜・・・・」
「いやぁ〜小若はん。やっと来はった、さっきからずっと待っといやすぇ〜」
打ち水が打たれた玄関へ入ると、私を待ち構えたように仲居が出迎える
よく磨かれた漆黒のような廊下を、するすると長い着物を引きずり急ぎ足で歩いていく
突き当たった所に二階へと続く急な階段が有り
上がった正面が今日最後のお座敷
静かに腰を降ろして一呼吸おく、襖の向こうは戦場なのだ。
ウンと自分に気合いを入れ右手で引き戸をスゥーーッと開ける。
お客様を確認し三つ指を付いて満面の笑みで一礼をする
「こんばんわ〜・・・おこしやすぅ〜・・・。」
「おお!!・・・やっと来たがな〜朝になるかと思ったわ」
「えらい。すんまへん・・・急なお座敷が入りましたさかい・・・」
手招きをされ先にお酌をしていた姐舞妓と代わりスーさんの御機嫌を伺う
お店出し(舞妓デビュー)以来、後見者になって色々と面倒を見て下さっているスーさん。
今では珍しく気風の良い方で着物や帯びを気前よく買って下さったり
芸の勉強だと言って歌舞伎や観劇に連れて下さったり
舞台(芸の発表会)がある時にはチケットを全て買い取り
知人や友人に配ったりと何かに付けて支援してくださる
スーさんに見初められた舞妓、芸妓は芸達しゃになると言われ、皆挙って
お座敷を励んだ
そんな大きなスポンサーだけに嫉妬や妬みもあり
一人占めしようものなら事有るごとにイケズ(意地悪)をされる。
「しょうないがなぁ〜祇園一売れっ子の舞妓を独り占めでけへんてわかっとるがな・・・せやけどこのお座敷が最後なんやろ?」
「へぇ〜そうどす・・・」
「ほんならゆっくり出来るがな・・・」
「ほな。小若はん『ゆっくりと』祇園小唄でも舞っておくれやすな〜・・・」
にこやかにスーさんにお酌をしていると
側で陰険な目で見ていた姐舞妓の小菊姐さんから横やりを入れられる
「おお!小若の十八番の舞を見よか」
スーさんの一言でお酌の役目は小菊姐さんに代わり、腰巾着のように横につけと思いきや
汚いものでも追い払うように目配せをする
私は無言でお座敷籠(舞妓のバック)からお扇子を取り出すと、静々と歩き金屏風の前に座り直す
地方(お囃子を演奏)の姐さんに一礼し、お扇子を開いて舞いはじめた
テテン、テントシャン、トントン、♪♪
月はおぼろに東山♪〜
かすむ夜毎のかがり火に〜♪
夢もいざよう紅ざくら〜♪
しのぶ思いを振り袖に♪〜
祇園恋しや、だらりの帯よ〜♪
お色気のある軽快な曲目の祇園小唄に合わし、京友禅の振り袖が揺らぐ
この井上流の京舞を踊っている時は嫌な事が忘れられた
私を芸の道に目覚まさせてくれた、あの出来事がフラッシュバックする
忘れはしない・・・あの日の事は・・・・・。
・
・
・
「なぁ〜小若はん。頼みが有るんどすけど・・・」
「なんどすぅ〜姐はん・・」
お店出しして間もない頃、忙しくお座敷を巡っていた私を小菊姐さんが呼び止めた
『富美代』のおかぁさん(女将)の口利きで置家、田島の家にお世話にっている時からの一年先輩の舞妓だった
先輩の舞妓さん芸妓は他に何人かいるが、どう言うわけか小菊姐さんだけが私を目の仇のように扱われた
「今から『つる家さん』に、いかはるんどすやろ?悪いねんけど、このお弁当、都ホテルに泊まったはる
北野のボンに持っていってくりゃはらへんやろか?・・・いやぁ、かんにんえ、ほな、頼みます・・・。」
北野のボンが舞妓や芸妓を口説く時に使う、何時のも手で、被害にあっている舞妓達は少なからずいた
財閥の御子息で瀟々やっかいものだが、たくさんのお金を落として下さる
代々続いている御贔屓さんなので、おいそれとはいかないのだ
猫撫で声で摺より、いつもはツンケンした顔が愛想よくニコニコと笑い有無を言わさず荷物を手渡される
二段構えのお重箱に入った料亭『吉兆』のお弁当、ずっしりと手に掛かる重みがなんとなく、嫌な感じだったが
どんな難題を吹っかけられようが自分より先に入った先輩、姐さんの言う事は絶対なのだ
岡崎にある料亭『つる家』さんへ行く途中、蹴上げ『けあげ』の都ホテルにタクシーで乗り付け
手渡されたメモどうりの部屋に行く
「まぁ〜ええがな、ゆっくりして行きな・・・。」
「そやけど。にいさん、ウチお座敷があるさかい・・・」
お弁当を届けて帰ろうとすると、北野のボンに戸口の前で阻まれる
押し問答の末、肩を抱かれて引きずられるように部屋の奥へ連れ込まれベットの上に投げ出された
「悪いようにはせぇ〜へんがな〜〜・・小若・・・」
「!!!・・・や、やめとおくれやぅ・・・にいさん・・・かんにんしておくれやすぅーーーっっ」
逃げなければ!・・・そう思った時には既に遅く、男の体にのしかかられ、起きあがれない
重い舞妓の衣装が仇になり思うように抵抗できず、足をばたつかせ、近ずいてくる顔を肘で押し退ける
「い、いやや・・・やめとくれやすぅーーっ!・・・・いやや〜〜〜っっっ・・・いややーーーーっ」
必死に抗議の声を上げ体を揺するが力で押さえ込まれて身動きが取れない
まるで息絶えるのを待っていたかのように、力つき動かなくなってしまった私を良いように嬲っていく
(「いやーーーーっっっっっっ・・・・・」)
心の中では何度も叫んでいるのに声が出ず、ただ魂を抜かれた人形のように横たわっていた
呆然としながらも男のものが入ってきた瞬間は、全身の毛が逆立つような感覚に見回れた
この屈辱的な仕打ちは一生忘れない・・・・。
その翌日、とてもお座敷に出れる状態ではなかったが何とか勤めていた
途中辛くなり、高野参り(お手洗い)にいく振りをして坪庭で涼んでいると・・・。
「ひぃゃ!!・・・・ほな、小若はん。北野のボンにお弁当もっていかはったんどすか?!!」
「そや・・・ようよう可愛がられたんどっしゃろ〜・・・くすくすくす・・・・」
「芸も大した事あらへんのに。いちびって!・・・ええ気味やわ・・・・」
お座敷の戸の隙間から姐さん達の陰口が聞こえ愕然とする
ボンと姐さん達がグルになっていたなんて....。
頭をガツンと打たれたように、今までの事が脳裏を過る
お店だしして、瞬く間に売れっ子になり、飛ぶ鳥を落とす勢いでアチコチのお座敷からお声が掛かる
花街のシステムがよく分からなかった私は、くる者を拒まず来たもをこなしていた
脚光を浴びている私の影で、お茶をひく(お座敷にお声のかからない)
姐さん達がいた事など考えもしなかったのだ
芸も大した事あらへんのに・・・・
姐さんのその一言で芸に対する執念のボタンが押されたのだろう
それからと言うもの寝る間を惜しんで稽古に励む日々を送った。
何時か姐さん達を見返してやりたい!!!
あの時受けた心の傷が、花柳界で生きて行く原動力となっていた...。
パチパチパチパチ!!!!
「イャ〜小若の舞いは天下いっぴんやな〜日ごとに上手なりよる!将来は名取りやな。」
「おおきに。お粗末さんどした・・・」
お扇子を前に置き、スーさんと地方「じがた」の姐さんにもう一度御挨拶をする
芸の事を誰よりも理解し目の肥えていらっしゃるスーさんに誉められるのは大変名誉な事だった。
今度は堂々とお座敷の中央に主座する気持ちでスーさんの横に座る
姐さん達は私一人に注目を浴びた事が気に入らないのか、眼中にない様子で話をしている
楽しくそのお座敷を勤めるには、陰険なイケズをされていてもお客さまに悟られてはならない
ニコニコ笑みを浮かべ聞き手役に回っていると
「小若はん。お扇子しまいはったらどうーどす?」
「!!へぇ〜おおきに」
私は慌てて扇子入れに直そうとすると
!!!。。痛!!!チクッとする痛みが走りよく見ると扇子入れに針が刺さっていた
「いやぁ〜どないしはったんどすか〜・・・」
「へぇ〜・・・なんでもおへん・・・」
私は『満面の笑み』で答えた。
第三幕
「若菜!!・・・若菜なんだろ!!」
朝稽古の帰り道、聞き覚えのある声に呼び止められる
振り返ると懐かしい顔が私を見つめていた
私は金縛りにあったようにその場にたちくしてしまう
「いやぁ!・・・ウ、ウチは・・わ、若菜やおへん人違いどす・・・」
彼が近付いて来るとビクンと体が反応し、条件反射に口走り小走りでその場を立ち去った
置屋に帰ってからも体がずっと震えていた
彼の事は自分ではもぅ〜封印した事と処理していたのだ
どうして今さら・・・・
どうして此所が分ったんだろう・・・
それほどまでに私に会いたかったのか?・・・
他の女は皆精算したのだろうか・・・
色んな想いが頭の中をグルグルと走馬灯のように過って行く
お花にいく(お座敷)準備も上の空で女将さんの話も耳に入って来ない
そんな状態でお座敷に行き、とんでもない屁間をしてしまう
「小若はん、あの舞いはなんどすの!、見られたもんやおへんか!、あんな舞い踊ったはったら田島の顔
に泥塗ってんのと同じどっせ!!」
「へぇ〜・・・すんまへん・・・すんまへん!!!・・・・」
お座敷の外で地方「じがた」の姐さんにこっぴどくどやされ腑甲斐無さを痛感させられる
何時も何かと芸の事で親身になってくれる小福姐さん(お三味線の名手)が私の酷い舞にごうを煮やし
お座敷の途中で袖を引かれてしまった
この噂は明日には祇園中に知れ渡るだろう、舞で一番だった小若はもうだめになったと・・・。
そんな脅迫感が全身を襲う、回りを見渡せば敵だらけで誰が見方なのか分からなくなってくる
精神状態や体調に関わらずお座敷からお声が掛かれば赴かなければならない
この身一つでお商売をしているのだから断れば終わってしまう
(明日から・・・また一から出直しや・・・)
そう〜頭を切り替えてお座敷を後にする
(帰ったら鏡を前にして稽古に励もう)そう自分に言い聞かせながら帰り道を歩いていると
はっ!!!!・・・・君.....。
彼とまた、ばったりと会ったしまう
お座敷が終わるまで待っていたようで道ばたにはたくさんの吸い殻が散らばっていた
(心が揺らぐ前に此の場から立ち去らなければ)
とっさに、おこぼを両手に抱え足袋のままで地べたを走る
長い振り袖とだらり帯が振り子のように宙を舞い引き止められているように体が重く感じる
はぁ、はぁと息を弾ませて道を急ぐが、不意にガクンと体が止まり、 彼の顔が飛び込んできた
「ま、待ってくれ若菜!!」
「か、かんにんしておくれやす・・・ウチ・・ウチ。!!ぁ・・・・」
何かを必死で否定し逃げようとしている私を救い上げるように抱き締められる
!!!!!!!!。。。。。。。。。
ハッっとするような甘酸っぱいコロンの香りが鼻孔を掠めた
(コロンの匂い・・・やっぱりまだ他の女と切れてはらへんかったんや・・・)
ずっと否定していたものに直面し今まで認めようとしなかった自分が滑稽に思えてくる
(・・・くす・・アホやな〜男はんは皆そんなもんやおへんか・・・・)
何時でも逃げる用意が出来るよう、力を溜めていたのがフ〜〜ッと体が軽くなっていく
(男と女はなぁ〜狸と狐の騙し合いどすぇ〜・・・せやけどなぁ〜騙されたら、あかんのぇ〜騙しおし・・・)
ふと小福姐さんが言っていた言葉が浮かんでくる
強がっていても男の人に騙されて置家の台所で一人、泣いている姐さんをバカだと思っていた
騙されても、騙されても、男の人を愛し続ける、その方が人間らしいのではないのか・・・
私に欠けていたものを気付かせてくれた人の顔を改めて、まじまじと見る
「ウチを・・・ウチを抱いておくれやす・・・・」
持っていた、おこぼが地面に落ちコロンの香りが尚一層体にまとわり着く
彼の暖かい温もりを感じながら素直な自分に驚いていた
・
・
・
ホテルの一室に着いた途端それまでのブランクを埋めるかのように狂ったように唇を合わす
あの時は女の存在が私の心を閉ざし彼との営みが地獄のように感じていたのに
今は逆に女の存在が有るが故に情念となって私の身を焦がす
(好いた男はんに抱かれるというのは、こんなにも体があつ〜なるものやろか・・・)
シュルシュルと着物の生地の擦れる音が耳に届いて
まるで熱い炉を押し当てられたように耳たぶが赤く染まる
長い帯の一端が幾重にも重なり身をゆだねていく自分とシンクロする
「(ああ・・・熱い・・・体があつーなって・・・・溶けてなくなりそうやー・・・・)」
息切れしそうな程胸が上下し側にあったクッションの先を噛む
愛撫の手を休めない赤裸々な彼の手や口の奴隷となり
乱れる体を押さえようとベットのシーツをギュッと掴む
「ああ・・はぁ・・はぁ・・・・あつい・・・あつぃ・・・・ぁ・・・はぁあああっっっっ・・・・・」
はああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ・・・・・・・
・
・
・
祭りの後のガランとした佇まいのように、熱く萌えた一時が嘘のよう
浴室から聞こえてくるシャワーの音が火照った体を冷やしてくれる
(この後。彼はあのコロンの人と会うのだろうか?・・・)
妬いている自分を振払うように、しなだれていた体をベットから起こす
勢い良く水音が聞こえ、私を抱いた事を打ち消すかのように思えてくる
(ウチの匂いを消さはったって、分かるどすぇ・・・)
徐に彼の荷物の中から財布を取り出し自分の花名刺(千社札)をそっと忍ばせる
爪楊枝入れのような小さな短冊型の名刺、周りに紅の縁取りがしてあり、小若と・・・
紅文字で染められている
『(ふふふ・・・知っといやすか?・・・財布に舞妓の千社札を入れるとお金が舞い込むゆうて・・・縁起がええん、どすぇ〜・・・)』
あのコロンの人に私の存在を知らしめたい・・・
半分冗談めいていながらもやっかむ気持ちが芽生えている
嫉妬している自分に気が付いてふと物音に振り返ると
頭からタオルをかぶり私を探している彼と目が合う
湯気を立ち上らせさっぱりした彼を何ごともなかったように微笑み返した
「ウチ・・・もぅ〜いなんと・・・(帰えならないと)」
素早く着物を整え後ろ髪を引かれつつも戸口の方へと向かう
まだ。何か言いたげな彼を残し、振り返る間もなく去っていく
夜風に吹かれながらの帰り道、あっさり出て来た事が後に引く
(でも・・・これ以上一緒にいると、束縛したくなってしまう)
全てを理解して抱かれたのだから知らぬふりして別れるのが筋と言うもの
(ウチは色町の女やさかい・・・これでええんや・・・・)
今夜は夜風がやけに目にしみる、そんな事を思いながら帰路を急いだ
・
・
・
「いやぁ〜もぅ〜ちゃ〜んと、えずくろしゅう〜ならはって・・・・もぅ〜そろそろ襟かえどすなぁ〜〜」
『富美代』のおかあさん(女将)から何気に投げ掛けられた言葉で私の襟かえの日取りがきまる
舞妓から芸妓になる、この襟かえに昔は『水揚』を伴ったが今では儀式だけが残っている
置屋、田島のおかぁさんをはじめ、富美代の女将さんや御贔屓のお客様達が襟かえに必要な
衣装やカツラなど色々と物入りになるこの儀式を分担してサポートしてくださる事になった
明日から髪も先笄『さっこう』に結い舞妓の髪型のおふく、も最後の日
鏡の前で顔を(お化粧)している自分を見てほんまに、えずくろしい(派手で似合わない)と思う
何時の間にか、お店だしから四年の月日がたっていた
襟かえをして芸妓になるまでの一ヶ月という短い間の、この先笄『さっこう』の時期は
たくさんのお花が殺到する
先笄の間は派手な色紋付から正装の時に着る黒紋付になり、ポッチリ(帯留)や帯締もしない
口にはお歯黒を塗り大人の女へと転身する
「いやぁ〜先笄『さっこう』になったとたん色っぽぅ〜ならはって・・・」
お座敷に行く度にそう言われ芸妓となる日が近ずいている事を意識しだす
舞いもこの時期に決まりのように『黒髪』を舞う
数有る舞の中でこの黒髪ほど艶かしい舞はない、芸妓でもなく舞妓でもない不安定な妓が
思い切って艶があるこの舞いを舞う所が先笄『さっこう』の魅力なのだろう
小福姐さんの冴えた、ばち先から鋭い絃の音が部屋中に鳴り響いた
「黒髪のむすぼれたる思いには♪〜とけて寝た夜の枕とて♪〜ひとりぬる夜の仇枕♪〜〜・・・・」
舞いの型、一つ、一つが何処か淫媚なものを感じさせる
京舞のつや物では長襦袢の袖に指をかけ、すっぽりと手を見せなくして舞う
腰をくの字に曲げたり、横に寝るように足を出し、裾をかえして体を回転させ
背中まで抜かれてある襟足を覗かせる
なまめかしい女の寝姿をこれほどまでに表現されている舞いは他にはない
『一人で寝る夜にはあなたの枕を見るのがつらいわ
枕をあなたと思って寝ればあなたの髪の香りがしてますますつらくなる』
何時しか黒髪の歌詞と自分を重ね、込み上げてくる想いを舞いにぶつけていく
「(ウチはこの世界で生きていくゆぅ〜て決めたんやさかい....。)」
黒髪を舞いながらずっと浸っていた彼への想いに人知れず別れを告げていた
先笄『さっこう』最後の儀式は髪の一番上に有る元結いを斬って貰う
丁度お相撲さんの断髪式にようなもの
「ほな、ええか・・・若ちゃん・・・・」
「へぇ〜・・・おたの申します・・・。」
富美代のおかぁさんが私の髷を持ちバチンとハサミで髪を切る
これで、先笄『さっこう』ではなく、はれて芸妓となった
翌朝、襟かえの挨拶回りに黒の留袖の着物に お太鼓の帯びを締める
初めての島田のカツラを被り、ずっしりとした重みに感慨深く、鏡の中の自分を見入る
「皆さん。はよ、お集りえ〜」
置屋のおかあさんから声をかけられ、玄関にまわると、にわかに表がざわついている
格子戸を潜ると大勢の人達が私の芸妓姿を一目みようと集まっていた
芸妓となるにバックアップしてくださった方々に見守られながの 新しい船出となった
『おおきに〜・・・小若どす・・・皆さん!
これからも、よろしゅう〜おたの申します・・・・。』
私は深々と頭を下げ、新たな花いくさの第一歩を踏み出した
了
二周年!おめでとうございます!!
早いもので、DDDにお世話になって一年と4ヶ月、知らぬ間に月日が経ってしまいました。
コギトさんをはじめ、たくさんの作家さん達に励まされ今にいたってます
また今回二周年の企画ものに参加出来大変嬉しく思います
これは先に書いた『オリビアを聞きながら』の続編です
前から構想はあったのですがテーマ花柳界だけに
書くのも、えい!と思わないと中々書けなくて、今回この企画に乗せて貰い
執筆する事が出来て良かったと思っています
御当地小説という事で
京都の知られざる奥座敷(花柳界)を描きました
全然エロでなく御期待に添えなくてすいません
京都にはこういう世界があると知って頂ければ幸いです
また、こういう企画があれば是非参加したいです
記念の日に作品を投稿出来た事を嬉しく思います
これからも・・・・・。
よろしゅう〜・・・おたのもうします。。
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