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PROLOGUE
「……ングゥ…ングンッ!……ンン…ンッ!アアアアアァー……」
今日も彼女の嬌声がこの地下室に響く……。
「ハァ…ハァ…ハァー…クッ……」
ココ最近は、ほとんど毎日のようにヤツらはやって来て彼女を犯す……。
「オラ!休んでんじゃねぇよ。次はオレなんだ」
さっきまで彼女を犯していた男が離れるとグッタリとなった彼女のまだ幼さが残る秘唇からは、男たち何度も吐き出した濃い精液が彼女の呼吸に合わせて吐き出される。
「ハァ…ちょっとやすませてください…」
彼女は精液のこびり付いた顔で懇願する。
「オマエ、今日はいやに反抗的だな…いつもなら喜んで腰を振るのに」
男は全裸であお向けになり、息を切らせている彼女の細い足を掴むと有無を言わさず、ひっくり返す。
彼女は疲れて脱力したまま男にうつぶせにさせられる。
その時「ゴプリ…」とひときわ大量に精液が吐き出た。
「オイ、あんまり無茶して壊すなよ」
今まで彼女を犯していた男がタバコに火を点けながら言う。
「ンなコト判ってるよ。あーあー…汚ぇなぁ。じゃあオレはコッチ…っと」
男は彼女の秘唇から溢れてる精液を指ですくうと、そのまま彼女のアナルへ中指を突き立てた。
「ンクッ……」
彼女はうつぶせになったまま、いきなりのアナルの挿入に顔を歪ませた。
男は彼女の痛みなど気にしないでそのまま何度も指を往復させる。
「まだ、ちょいとキツイかなー?……」
男はそう呟くと、楽しそうに中指で彼女のアナルを陵辱する。
しばらくすると彼女のアナルから「クチュクチュ」と音が部屋に響く。
「アァー…ハァ、も、もうかんべんしてください…」
彼女は力なく自分のアナルを陵辱する男に呟く。
「ッと…ボチボチ良いかなぁ。オイ!後ろに入れてやるから膝を立てろ!」
男の命令に彼女は膝を立てようとするが、長時間の陵辱で腰が立たない。
「チッ!しかたねえなぁ…よっと」
男は中指をアナルに引っ掛けてそのまま持ち上げる。
「ア…」
彼女はもう体力の限界なのか、なすがままだった。
男はお尻を持ち上げられた体勢のままの彼女の後ろ側に回り込んだ。自分の赤黒くいきり立っているペニスを二、三回しごくと「ズブリ」と、最初は彼女の秘唇の方に突き入れる……。
男が腰を振るたびに、彼女と男の結合部からは「グチュグチュ…」という淫猥な音がする。
「アンッ…ア、アアッ……」
彼女は力の抜けた体を「ガクガク」と揺らしながら、かすれた喘ぎ声を上げていた。激しく動く二人の体から汗が飛び散る・・・。
男は自分のペニスが彼女の濡れている秘唇の中で潤うと彼女の秘唇からペニスを抜き、今度は自らほぐしたアナルの方に突き立てた。
「グッ!…ファ…アァー……」
突然アナルの方に挿入されて彼女は息を詰まらせる。男はそのまま、激しく腰を動かした。
「クックック…相変わらずオマエはソッチの方が好きだなぁ」
全裸でタバコを吸いながら休憩していた男の方が言う。
「ウルセェ…人の…趣味に…口出すんじゃ…ね、ねえよ…っと」
男は彼女のアナルを後ろから犯しながら話す。
「ハッ…アッ…ヒアアッ!…ヒ…ンアアア……」
彼女はアヌスを犯されながらも感じてきたのか、段々と喘ぎ声に色がついてきた。
「よし!中々…良い調子になって…き、来たじゃねえか…ハッ…このままケツの穴でイカしてやるぜ……」
彼女は絶頂が近いのか、たまに身体を「ビクン、ビクン」と跳ねさせる。
「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ……」
男も彼女に合わせて、腰を振るペースを速めた……。
「アァー…アッ!アッ!アッ!アッ!アッ!…ンクッ!アッァァァァァァァァァァァー!」
彼女は絶頂に達したのか一際大きな声をあげると、うつ伏せになっていた体を仰け反らせた。
「ウッ……」
男は彼女の絶頂時のしまりに絶えられなかったのか、彼女がイクと同時にペニスを深く突き刺したまま「ビクビク」と腰を振るわせる…。
「ハァ…ンッ!」
男は彼女の中で射精の余韻を楽しんだあと、脱力している彼女から「ズルゥ…」とペニスを抜き取ると立ち上がり。
「ふう…オラッ!いつもの挨拶はどうした?」
と、言った。
「ワ…わたしの…からだをつかってくれて、アァ、ありがとうございました…」
彼女はうつ伏せの姿勢のまま、うわごとのように呟いた…。
僕は隣の部屋からのぞき窓で、コンクリートの床の上で繰り広げられる彼女と二人の男たちの饗宴を覗く……。
陵辱され続けられている彼女に対して、自責の念に駆られながらも薄暗い地下室で踊る彼女の白い裸身から目が離せなかった……。
CHAPTRE 01
一九八九年三月 イギリス オックスフォード。
ロンドンから北西に五六マイル(約九〇キロメートル)のテムズ川の中流域にあるその都市は世界有数の学園都市として有名だ。
イギリス全土にとどまらず、世界各国からの留学生が集い、約四〇も在るカレッジでさまざまなコトを学んでいる。
僕、乍 洋一(ナガラ ヨウイチ)もその一人で、去年から建築関係のカレッジに日本から留学していた…。
「おおーい!ヨウイチーちょっと待ってくれー」
夕方、オックスフォードにある留学先のカレッジから、二マイルほど離れた下宿先のアパートメントに自転車で帰る途中に、僕は後ろから呼び止められた。
僕は自転車を止めると前籠に入れていたバックを肩に抱え直しながら自転車から降りた。
そして声のする方に振り返ると。
「やあ、ハンスなんだい?」
と、同じ建築科のゼミに通っている仲の良い西ドイツからの留学生に話し掛けた。
彼、ハンス・イエガーは走って来たのか呼吸を整えながら、ちょっと強いドイツ訛りの残る英語で僕に話し掛ける。
「ヨウイチ、今日はこれから暇か?よければパブに行こうと思うんだが君はどうする?」
ハンスはドイツ人らしく固い喋り口調で僕をパブに誘った。
英国においてパブとは日本の飲み屋と少し違い、社交場と言った方がしっくりくる。
ビリヤード台や大型のtelly(テレビの事、英国では一般家庭でも年間のライセンスを買わないとテレビが観れない)などが置いてあり、安いビールを飲みながら、お喋りや皆でスポーツ観戦するのが一般的だ。
営業時間も昼間から夜の十一時まで(法律で規制されている)なので気軽に僕たちのような大学生が学校帰りには良く利用していた。
「今日は…別に予定は無いけど。パブって…いつもの所かい?」
僕は帰ってからしようと思っていた、下宿先の部屋の掃除を心の中でキャンセルすると、ハンスにゼミの皆の行き着けのパブ「LION・HEART」か確認する。
「ああ、十八時ぐらいに直接店の方で集合なんだが、ほら、今週中に自由課題のレポートのプランを提出しなくてはならないだろう。その辺を皆で相談しようと思ってる」
「んー、あのレポートか。僕はもうほとんどプランは考えているんだけどね」
僕はハンスと話しながら、昨日ゼミの教授から出された自由課題を思い出していた。
建築科の単位の中では今回の自由課題のレポートの占めるウエイトは結構大きくて、よく出来たレポートを提出して来た生徒には教授たちの覚えも良い。
僕は「大都市部における地下建造物の変移」という建築科してはちょっと変わったプランを考えていた。
僕がもうプランを考えていることにハンスはちょと驚いたように眉を上げ。
「流石だなヨウイチ。じゃあそのプランを今日、聞かせて貰おう」
「わかったよ。僕もみんなにレポートの準備のことで相談しようと思ってたから…えっと六時にパブの方に行けばいいんだね?」
僕は渡英のときに父から貰ったOMEGAの腕時計で今の時間を確認すると、六時まであと二時間弱あった。
そしてハンスの方に目線を戻すと約束の時間を確認する。
ハンスは「ああ」と頷くと。
「十八時からの予定だが、一度アパートメントに戻るつもりなら、ゆっくりしてきても良いんだぞ?」
と言ってくれた。僕はちょっと考えると。
「じゃあ、お言葉に甘えて…晩御飯の都合もあるし…七時までには必ず顔を出すよ。悪いけど先に行っててくれ」
僕はいつも御飯を作ってくれる下宿先の大家のおばさんの事を思い出しながらハンスに言った。
「判った、じゃあ先に皆で飲んでるとするか…」
「ああ、先に始めといて」
僕はハンスと別れて、自転車で下宿先に向かった……。
それから夜の七時にパブに行くと、いつもゼミが終わると集まるメンバーがすでに集合していた。
みんなとビールを飲みながらレポートの話をしたところ、中々プランのアイデアの出ないハンスと同じゼミのリチャード・スレイトン、ダイアナ・シェパードのカップルと僕の四人でレポートを共同制作するコトになった……。
そして、次の週に教授にプランを提出してレポートの制作の許可を貰うと(僕たちのプランは中々教授たちには好評だったらしい)。
四月に入るまで僕たちはレポート制作の準備に追われた。
まず、レポートを書くにあたって適当な候補地の選定。
これは地下にある建造物の規模と古さ、そして建造されてから一世紀以上かかっても一部(地下鉄を含む)はいまだに拡張され続けられている所からロンドン市内にすんなりと決定した。
次にロンドンの地下道関係の資料や図面を各関係の役所(水道局や鉄道局など、ロンドンには十一の地下鉄の線と二五〇の駅がある)ならびに図書施設で調べるだけ調べた。
この辺りは中々個人では(外国人ならばなおさら)閲覧出来ない資料もあったのだが、カレッジの教授の紹介状やその方面に顔の利く友人に頼んで調べて貰った物もあった。
流石に、歴史を大事にするお国柄か大体の資料はまとめて管理してあったので、かなりの資料が手に入った。
一番苦労したのは軍の資料だった。
第二次世界大戦のバトル・オブ・ブリテン当時の防空壕や地下司令室、それに連結する連絡通路などの資料が揃わず(戦後四〇年以上経つが情報の解禁されない物も多い)、いまだに空白な所も多く残った。
結局、空白地帯をどう処理するかみんなで相談し合うと、誰かが実際に地下に潜って可能なかぎりマッピングするということで落ち着いた。
「僕が地下に潜るよ…」
三月の最終週の金曜日。僕たちはレポートの制作の合間に例のパブでこれからの予定を相談していた。
その時点ではまだ地下に、何人で、どれくらいの日数をかけて潜るか具体的に決まっていなかった。
最初、僕の考えていたプランでは実際に地下に潜るまでは計画に無かったのだが、皆で資料を集め、レポートを制作しながらロンドン全体の地下マップを制作しているうちに、一世紀近くも前から縦横無尽走り、現在も広がり続ける地下道に僕自身が魅せられていた。
僕は、もし地下に潜る機会があれぼ僕自身で潜ろうと思っていた。
「いきなりどうしたんだ?ヨウイチ」
最近、製作中のレポートに付きっきりであまり睡眠を取っていないハンスが、突然話を切り出した僕に驚いた。
「だから、僕が地下に潜るって話」
僕は赤茶色で少し苦味のあるビタービールに口を付けながら話を続けた。
「まだ時間的にも余裕があるし、実際に潜って確認してみたいコトもあるからね。来週にでも、ちょっと潜って見ようと思って」
「来週って、月曜からか?」
「いや、まだ全然準備してないし、火曜日にはラクェル教授の講義があるから木曜か…金曜日だね」
「そうか…で、ドコに潜るんだ?」
ハンスはよく冷えて水滴の付いた黒ビールの入ったジョッキを手で持ちながら僕に聞いた。
「ダイアナの実家って知ってる?」
「たしか…ロンドンのどこかでプチ・ホテルを営業してると聞いたが」
プチ・ホテルとはイギリス(特にロンドン)に多い客室数が一〇〜五〇室ほどの小さなホテルで、歴史的な建物を改装してホテルとして使用している物が多い。
個性的なホテルが多く、宿泊もそこそこリーズナブルで特にロンドンの雰囲気を楽しみたい観光客に人気があった。
「うん、ソーホーにあるトラファルガー・スクエアの近くでプチ・ホテルを営業してるんだけどね。そこの地下室に在るんだって…入り口が」
「本当か?そんな話、オレは聞いていないが……」
ハンスは身を乗り出して僕に聞いてきた。
「なんでも昨日、レポートを書いてるうちに思い出したらしいよ。昔、もう亡くなっているんだけど、彼女のお婆さんから聞いたんだって」
僕は、ジョッキに半分ほど残っているビタービールで喉を潤すと話を続けた。
「ココ地下室の隣にはバトル・オブ・ブリテンの時、防空壕があってナチスの空襲の時は何度も避難して命を助けられた。そしてそれは、他の防空壕と地下で繋がっている……ってね。で、早速ダイアナが実家に連絡を取って確認したら、今でも地下室に入り口は在るんだってさ」
ドイツ人のハンスはナチスの話が出るとちょっと顔をしかめたが、腕を組みながら僕の話を真剣に聞いていた。
「地下の規模なんかは判らないんだけど、僕も興味があるし…で、早速来週にでも潜ってみようと思ったんだけど、どうかな?」
「どうかな…って言われても、ヨウイチ一人で潜るのか?危険はないのか?」
「うんまぁ…ね。一応、ダイアナとリチャードには地上でバックアップをして貰う予定なんだけど、ほらハンスは週末に予定があるって言ってたろ。で、僕一人で潜ろうと…ね」
ハンスは腕を組んだままちょっと考えると。
「…わかった、今回はしょうがないが次回はオレも連れってくれよ」
と、笑って言ってくれた。
「わかってるよ。あと…悪いんだけど、装備の準備とかを手伝って欲しいんだ。明日にでも買い物に行こうと思うんだ、付き合ってくれるよね?」
ハンスは趣味でワンダーフォーゲルをやっていて、登山などのアウトドア関係に詳しかった。
「フム、明日か…別に予定はないが…じゃあ今日は早めに切り上げないとな」
と、言うとグラスに残ってるビールを一気に飲んだ……。
そして、四月の最初の金曜日、僕は地下に潜るため、装備を一通り揃えてロンドンにあるダイアナの実家の地下室から地下に潜った……。
CHAPTRE 02
ザッザッザ…ピチョン……。
ザッザッザ…ピチョン……。
ザッザッザ…ピチョン……。
ザッザッザ…ピチョン……。
定期的に滴る水音と自分の履いているハードソールの靴音をBGMに、僕は深遠の闇の中を一人で歩く。
……暑い。
僕は油断してると滑りそうになる足元を気にしながら立ち止まり、目に入ってくる汗を手の甲でぬぐった。
さっきからリュックと背中の間の汗も気になっていたが、大ぶりのMAGライトの光が届く辺りには座って休めそうな所は見つからない。
約三メートル四方に浮かび上がる、ここ毎日見ている白い焼きレンガの表面は、うっすらと水滴が付いてココの湿度の高さを証明している。
僕は暑さと、湿度と、多少慣れてきた臭いに苛立ちながら首から下げたビニール製のマップケースの中に入っている地図に目を落とした。
そしておおよその現在位置を確認すると、首から下げたドリンクホルダーから、ぬるいHIDON(イギリスでは一般的なミネラルウォーターのブランド)のミネラルウォーターを一口飲んで再び歩き始めた・・・。
ザッザッザ…ピチョン……。
ザッザッザ…ピチョン……。
ザッザッザ…ピチョン……。
僕は今、一人でロンドンの地下にいる……。
さっき地図を確認した所から一〇分ほど歩くと、道はT字路にぶつかった。
今まで歩いてきた地下道とは、様子が変わっていて、新しい通路はコンクリート製で大きく、天井の高さも約五メートルほどになった。
空気も空間が広いためか今までの息苦しさが多少薄れてきて、ほんの少し流れを感じる。
足元は中央が一段低くなってチョロチョロと水が流れていた。
「あれ、おかしいな?どこかの集合水路に出たのかな……」
僕はとりあえずちょっと休憩しようと手に持っているMAGライトで床が乾いた所を探した。
すぐそばに丁度良い具合の場所を見つけると背負っていたリュックを降ろし、その横に座り込んだ。
久しぶりに重い荷物を降ろし一息付くと、マップケースの地図を眺めて、僕はこれからの予定を考えだした。
もう地下に潜って三日が経つ。
孤独感はまだ感じないのだが、独り言を頻繁に言うようになった。
水や食料はまだ二、三日の余裕があるが、ボチボチ調査を切り上げて地上に戻っても良いかもしれない。
僕は「地上に上がるにしても、このままもう少し進むにしても現在の位置を把握しとかないといけないな」と思った時だった。
フッと気が付くと辺りがやけに静かだった……。
さっきまでは水滴の落ちる音や、水の流れる音などが常に聞こえていたのだが、まるでスイッチを切るように急に静かになった。
そしていきなり!バサバサという音と共に水路の上流の方から何かが大量に僕の方に向かってきた。今までの静寂が嘘のようにバサバサという音は通路の天井や壁に反響する……。
何かがに向かって来るのは判るのだが、何が向かってくるのかは判らない。
ただ僕はパニックになりそうになって、急いで立ち上がると、リュックを持ち上げた。
焦りながらリュックを背負うと、もうソレはすぐそこまで僕の方に近づいている。
僕は逃げるのもかなわずその場に硬直していると、ソレは僕の頭上を通過して行く。
「何だぁコウモリかぁ…」
僕は地下に入ってから見慣れたコウモリとわかって、ほっとすると緊張していた体の力を抜いた。
しかし、数が尋常じゃなかった。
僕の頭の上を群れが通過しきるまで、正確にはわからないが、二〜三分ぐらいはたっぷりかかって通過して行く…いくら群れで生活するコウモリでも僕が今まで見た中では十分、異状な数だった。
僕は何だかいやな予感がして、コウモリの群れが向かって来た方にライトを向けた。
その時!「ドドドッ…」っという音と共に僕の向けたライトの光に水の壁が浮かび上がる!。
「!?」
水の壁は通路の天井近くまでそそり立ち、「ゴゥー」という音とともに僕の方に凄い速さで向かって来る。
「マズイ!!!」
僕はなりふりかまわず後ろを向き、走り出した!。
しかし、一〇メートルも走らないうちに僕は一瞬で足元から水にさらわれた!。
「アッ!?」
そのまま僕は圧倒的な水の勢いにもみくちゃにされる。
僕は、何とか水面に出て、空気を確保しようともがくが、メチャクチャな水流に翻弄されてうまく泳げない。
その上何度も、水路の側面や床に叩きつけられる。
何度も体が打ち付けられる内に…だんだん体が動かなくなり水流に逆らうのが億劫になってきた。
酸欠のためか頭がキンキンする…。
僕は水流に翻弄されながら「このまま僕は死んで、海まで流されるんだろうか…」とあきらめの入った考えをしている時だった。
また側面か床に強くぶつけられ、右足に鈍い痛みが走る。
その時、僕は「痛みがあるうちは、あきらめちゃだめだ!」と自分自身に言い聞かせた。
そして、最後の力のを振り絞って右手を手を伸ばす…。
すると多少流れが緩やかになったのか、僕の手は水面から外に出た。
と、同時に何かが伸ばした手に触れる。
瞬間的にそれを掴む!。
パイプだ!水道管ぐらいのパイプを掴むと僕は渾身の力を振り絞って体を右手の方に引き寄せる。
「ッ!プハッ…」
僕は水面から頭が出ると思いっきり息をすいこんだ。
僕の肺の中に鉄錆の匂いのする空気が大量に入り込む。
「…ハァ、ハァ、ハァ」
僕は天井と水面との五〇センチもない隙間で、必死にパイプに捕まりながら息を整える。
呼吸が落ち着いてくると、僕は周りを見回した。
水の流れは峠を越したのか、じょじょに水位が下がっていた。
目の前をさまざまなゴミが流れて行く。
木切れの上に丸々と太ったネズミが乗って僕の目の前を流れて行った。
流された時にぶつけたのか体中が痛い。
特に右足はズキズキと心臓の鼓動に合わせて痛む。
どれ位時間がたったのか…さっきよりさらに五〇センチほど水位が下がった時ふと、右の方を見ると手の届きそうな所にポッカリと直径一メートルほどの横穴が開いていた。
僕は痛む体をかばいながら、パイプを伝いその横穴に潜り込んだ。
横穴はコンクリート製の土管で多少濡れていたが、僕の濡れた体を休ませるのには十分だった。
そして、土管の中に潜り込むと、安心したのか僕は意識が無くなった……。
CHAPTER 03
……ピチョン。
……ピチョン。
……ピチョン。
…ドコかで水滴が落ちている。
僕は、「寝る前に蛇口をしっかり締めたかな?」と、うつろに考えた……。
……ピチョン。
……ピチョン。
……ピチョン。
ベッドの中で聞く水滴の落ちる音は、何だか気になって、いつも僕は、暖かい布団の中と蛇口を締めに行くのを天秤にかける。
でも結局、水滴の滴る音が気になって眠れなくなる。
そして、僕は暖かい布団から抜け出すのだ。
蛇口を締めるために……。
……ピチョン。
……ピチョン。
……ピチョン。
僕は滴る水滴の音で目が覚めた。
最初は、瞼越しに明るいので、オックス・フォードのアパートかと思った。
しかし体に掛けられたちょと据えた匂いのブランケットと右足の鈍い痛みで寝ぼけた頭が覚醒する。
「ウッ……ココは?」
僕は体に掛けられていたブランケット(毛布のコト)を跳ね除けるとベッドから跳ね起きた。体中が痛い!その時、毛むくじゃらの茶色い物がベッドからころん、と転げ落ちた。
状況のわからない僕は、ビックリしてソレを目で追った。
「クマの…ヌイグルミ?」
ソレはドコの玩具屋でも売っているようなクマのヌイグルミだった。
僕はソレが害の無い物とわかるとほっとして、改めて周りを見回した。
ソコは大体、縦、横が五メートルほどの部屋だった。壁はコンクリートの打ちっぱなしで窓は無く、鉄製のドアが一つだけある。
灯りは低めの天井に裸電球が一つだけ点いている。
家具は部屋の隅に足が折れて傾いたままの木製の机と、僕の寝ているベッドの横に、おそらく机とペアであろう木製の椅子が置いてあるだけだった。
僕自身は、誰かが脱がしたのか全裸だった。
僕の着ていた服や荷物は見当らない。
とりあえず体に掛けてあったブランケットで体をくるむ。
そして、僕は部屋から出よう思い立ち上がって、扉の方に行こうとした。
「…イッ!」
ベッドから右足を下ろした時に激痛が走る。
ソット右足を見ると、足首あたりが赤黒く腫れていて、チョットでも動かすと激痛がする。
「やばいなぁ……」
濁流に流された時にぶつけたのか、とりあえずは骨は折れてないようだが、ヒビぐらいは入ってそうだ。
自分で歩き回るのは無理そうだが、じっとしている分には問題無さそうだった。
僕は(誰かが世話をしてくれている見たいだし、とりあえず誰かが来るまで大人しくしとくか)と、開き直って再びベットに横になった。
しばらくベッドから部屋の様子を窺っていたのだが「ピチョン」と、いう水音しか聞こえない。
僕はふと、最初に見たクマのヌイグルミが気になって、ベッドのすぐそばに落ちているヌイグルミを手に取った。
そのヌイグルミは、とても古ぼけたクマのヌイグルミだった。
色は茶色で所々ホツレや汚れがあり、右目は糸がゆるみ取れかかっている。
よく見ると、右の方の耳に象のマークのボタンと、元は白かったのだろうが、茶色に色あせた布が付いている。
布には読みづらいが、製造メーカーらしい単語と何やら数字が書いてある。
「…ス、テイ…フ?」
僕は単語を読んでみたが、意味が良くわからなかった。
あと左足の裏に読みづらいが「アンリエッタに捧ぐ…」と刺繍がしてあった。
「持ち主か、コイツの名前かな?」
と、独り言を言った時だった。
部屋に一つしかないドアが「ガチャリ」と開く。
「あ…」
ソコには、一人の女の子が半裸で立っていた。
金髪の髪は腰ぐらいまで伸びていて軽くウェーブがかかっている。
服装はブカブカの男物のシャツ一枚だけで、下には何も穿いてない。
とりあえず僕に対して敵意は感じないが、ココからでは部屋が暗くて彼女の表情が読めない。
彼女は僕が起きてるのに気がつくと、僕の方に裸足の足で「ヒタヒタ」と歩いて来た。
僕はどうすればいいか判らずクマのヌイグルミを持ったままベッドの上で固まる…。
彼女がベットに近づいて来ると、部屋の明かりで彼女がよく見えるようになる。
年齢はよくわからないが、たぶん一〇代の前半から後半ぐらいだと思う。
顔はブルーの瞳のかなりの美人で、伸び放題の全然手入れされて無いような金髪が、逆に彼女の美しさを引き立てていた。
体つきは全体的に小柄な上にスレンダーで、日焼けしない体質なのか真っ白な肌が印象的だった。
そして、着ている服が大きいサイズの男物のランニングシャツ一枚なので、歩くたびにちょっと小ぶりな乳房と下半身の金髪の陰毛が見え隠れして僕は、ドキッとしてしまう。
僕は慌てて彼女から目線を外した。
「おはよう、おとうさん」
彼女は僕のベッドのそばまで来ると、舌っ足らずな幼児発音の英語で、ニッコリと笑顔で僕に挨拶をする。
「…ハイ???」
僕は状況が判らず、ポケッとしていると。
「ご、ごめんなさい…お、おはなしできないの?おとうさん」
と、今度は悲しそうな顔をした。
「ちょっ、ちょっと待って、お父さんって僕のコト?」
僕は自分を指差しながら、彼女に聞いた。彼女は「コクン」と頷くと。
「おとこのひとは、みんなおとうさんって、いいなさいっていわれたの……」
彼女は、僕が怒っていると勘違いしたのか「オドオド」しながら僕に説明した。
僕は(今の状況が判らないし、僕を彼女が助けてくれたかもしれない、彼女に色々聞かないと・・・)と考えると。彼女を安心させるために優しい声で。
「あーっと…僕は、お父さんじゃ無くてヨウイチって言うんだ。キミの名前はなんて言うんだい?」
と聞くと、彼女はちょっと考えて。
「…なまえ?。なまえってなに?」
「?…だから、キミは他の人からなんて呼ばれているんだい?」
「わたしは、おとうさんたちから、お、おまえとかこいつってよばれるよ」
「……???」
僕は彼女の言ってる意味がよくわからなかった。
喋り方や服装から彼女は精神的な病を患っているのかもしれない。
それと「おとうさんたち」と言うことは彼女は複数の保護者と生活しているのだろうか?。
とにかく彼女に聞かなくてはいけないことは沢山ある。
僕はどっちみち右足の怪我で動けないのだから、根気良く彼女と話をしようと考えた。
「キミが僕を助けてくれたのかい?」
「うん…わたしがおさんぽしてるときに、おとう…じゃなくて、よういちがねていたの。びちゃびちゃだったから、ここに…は、はこんだの。」
彼女はつたない言葉で一生懸命説明してくれる。
「ありがとう。…助かったよ」
もし、彼女一人で僕を助けてくれたのなら相当大変だったはずだ。
それにもし彼女が助けてくれなければ僕は死んでいたかもしれない。
僕は心から彼女に感謝した。
「…ありがとう?」
「ああ、キミのおかげで僕は助かった…」
僕が感謝すると彼女は照れたのかうつむいてしまった。
「じゃあ、ココはドコなんだい?」
「ここはあたしのおうち……」
「一人で住んでるのかい?」
「うん、あたしひとり…でも、ときどきおとうさんたちがくるよ」
彼女はなぜか、ちょっとつらそうに言った。
「キミはいつからココに住んでるの?」
「ん…わからない。ご、ごめんなさい」
「いや…別にあやまらなくてもいいよ。え〜とコレはキミのだよね?」
僕は「シュン」としてる彼女に、持っていたクマのヌイグルミを差し出した。
彼女は「コクン」と頷く。
「ずぅーとまえから、あたしのおともだち。よ、よういちひとりでねてるとさみしいとおもって……」
「そうか、ありがとう。キミは優しいんだね」
と言うと彼女はまた照れてしまった。
彼女は情緒不安定気味なのかよく表情がコロコロ変わる。
「じゃあコレはキミに返すよ。ところでコレの名前は、アンリエッタかい?」
「うんん…このこは、ぶぅっていうの」
彼女はヌイグルミを受け取りながら、「どうして、あんりえったなの?」と僕に聞いた。
「それは…そのプゥだっけ?の左足に名前が刺繍してあったから、キミは知らなかったのかい?」
彼女はヌイグルミをひっくり返して右足を見る。
「…っと、そっちじゃなくて反対側だよ」
どうも、彼女は左右の区別がつかないみたいだった。
僕は苦笑しながら教えてあげる。
そして、彼女はあわてて反対側の足を見ると「ん〜」と唸りだした。額に縦皺をよせてうなってる彼女はみょうに可愛く見える。
彼女はひとしきり見つめたあと、ふと顔を上げて。
「コレ…もじかなぁ?わたし、もじわからないの」
彼女は申し訳無さそうにモジモジしながら僕に言った。
僕は左右の区別がつかない彼女が文盲(字が書けない・読めない人)なのはしかたが無いが、彼女に同情すると同時にこんな彼女をほったらかしにしている保護者に腹を立てた。
「わかったよ。その文字は「アンリエッタにささぐ…」って刺繍されているんだ……」
彼女は何回か「あんりえった」と呟くと、また考えるしぐさをする。
「何か聞いたコトがあるのかい?」
「ん〜…とね。わたし、ずぅ〜とまえにきいたことがあるよ……」
彼女の生い立ちはわからないが、今の彼女は自分で名乗る名前さえ無いみたいだし、僕は彼女が「アンリエッタ」と名乗ってもいいと思った。
「じゃあ今からキミこ名前は『アンリエッタ』だ」
彼女はビックリするように目を開いてから、にっこりと笑う。
「じゃあ、わたしが『あんりえった』になるんだ……」
「良いんじゃないかな。僕もキミって呼ぶより名前があった方が呼びやすいし…」
彼女は自分に名前をつけて貰ったのがよっぽど嬉しかったのか、ヌイグルミを両腕で抱きしめながらニコニコしている。
アンリエッタは本当に表情がクルクル変わる。
彼女が言っていたようにほとんど一人で生活しているせいかもしれないが、僕と話しをするのが本当に楽しいらしい。
そして、アンリエッタに僕は質問を再開した……。
「あと…僕の荷物と着ていた服はドコだい」
アンリエッタはちょっと考えると、スタスタと部屋から出て行ってしまった。僕は一人で取り残されたが、アンリエッタはすぐ、僕の荷物と着ていた服を重そうにを抱えて部屋に帰って来た。
ざっと見ると僕の持ち物は汚れているが、首に掛けていたマップケース以外は一応すべてそろっているようだ。
しばらくアンリエッタと色々話をして、しばらくたつと僕のお腹が「グゥ〜…」と鳴った。
さすがにどれくらい気を失っていたのかわからないが、物凄くお腹が減ってきた。
僕はアンリエッタに頼んで僕のリュックをベットの上に上げてもらう。
僕はリュックの中から缶詰とミネラルウォーターを出す。
登山用リュックは防水がしっかりしていたのか中身は全然、濡れた気配が無い。
僕が缶詰のプルトップを開け、フォークを刺そうとしていると、アンリエッタがこちらをジット見ている。
僕はフォークを置くと、リュックの中からアルミ箔に包まれたチョコレートを取り出し、それをアンリエッタに差し出す。
「これはなに?」
アンリエッタはチョコレートを見たこと無いのか訝しげに僕の方を見る。
「ちょっと貸してみて、ソレはね……」
僕はアンリエッタからチョコレートを受け取ると、アルミ箔を剥いてアンリエッタに再び渡した。
そして、アンリエッタはチョコレートを目をつむって恐々口に含む。
「どう?美味しいかい?」
アンリエッタはモクモクと口を動かしていたが、コクリとチョコレートを飲み込むと……。
「おいしいねぇ…わたし、こんなのはじめてたべた…。よういち、ありがとぅ」
アンリエッタは嬉しそうに笑うと、ゆっくりと味わうように残りのチョコレートを食べ始めた。
僕は美味しそうにチョコレートを食べるアンリエッタを眺めながら自分のツナの缶詰を食べる。
一通り食事を終えると、僕は怪我の治療を始めた。
そばにいたアンリエッタに傷薬は無いか聞いたが、アンリエッタが言うにはココには薬の類は無いみたいだった。
と、言うかアンリエッタは薬自体がよくわからないらしい。
今更驚かないが、僕はアンリエッタに薬を丁寧に説明した。
しかたなく持ち合わせのファーストエイドキットで治療する。
これはハンスが用意してくれたもので、何でも、NATO軍(North Atlantic Treaty Organization・北大西洋条約機構)の物で、化膿止めの錠剤や、痛み止め用のモルヒネまで入っている。
本当はシャワーを浴びたい所だが、持っていたミネラルウォーターでタオルを湿らし、体のあちこちにある擦り傷や汚れをふき取る。
そして患部にチューブに入っている薬を付けた。
あと、右足はアンリエッタに頼んで適当な添え木を探してきて貰った。
ドコから持ってきたのかソレはどう見ても新品の鉄製の水道管で一九四〇年の刻印がしてあった。
その水道管を添え木にしてシップを貼り応急処置とした。
最後に化膿止めの錠剤を飲み一応の治療を終わる。
アンリエッタは僕が治療している間、興味深く、じっと僕が寝ているベットの横に膝を抱えて座って僕の様子を見ていた。
チラチラと見え隠れするアンリエッタの股間が気になるが、何だか飼い主の命令を待っているおとなしい犬のようだ。
どうしてアンリエッタが一人でこんな所で生活しているのか判らないが、話をした感じでは危険なコトは無さそうだった。
逆に、ある意味彼女のピュアな所に僕は好感が持てた。
人間は誰しも多少は他人に対して、隠し事や嘘などつくコトがあるが、アンリエッタの僕に対しての対応はそういう事は一切無く、本当に僕のコトを心配してくれていたと思う。
ただアンリエッタの服装だけは何とかして欲しかった。
この部屋は地下で風通りが悪いせいか、全然寒くはないのだが、シャツ一枚だけのアンリエッタにはドキリとさせられる。
アンリエッタには羞恥心が無いのか、僕にほとんど裸同然の体を見られても気にしていないようだった。
逆に僕の方がときどき見ているのが恥ずかしくなってくる。
僕は治療が終わって一段落つくと、食事をしたためか薬のためか、段々眠たくなってきた。
まだ、ココの場所などの疑問もあるが、僕自身が疲れていた。
「アンリエッタ…」
僕は膝を抱えたままのアンリエッタに呼びかけた。
「ん…なあに?よういち」
アンリエッタは何か考え事をしていたのか、僕の呼びかけにハッとして答える。
「アンリエッタ、悪いんだけど僕はそろそろ眠くなってきたんだ。疲れてるし一眠りしようと思うんだけど構わないかい?」
「うん、よういちはねてていいよぅ…。でも、おとなしくしてるから、わたしはここにいていいよね?…」
「そりゃ…構わないけど。アンリエッタはつまらなく無いかい」
アンリエッタはフルフルと頭を振ると。
「わたしはいつも、ぶぅとふたりだからさみしくないよ。それに、わたしがいなくなると、よういちがかわいそうだよ」
「じゃあわかったよ、アンリエッタはココにいていいから。じゃあ僕は眠らせて貰うよ」
「うん、ありがとう。おやすみなさいよういち」
「お休みアンリエッタ…」
僕はそばにアンリエッタがいるのを感じながら眠りに落ちた……。
CHAPTER 04
僕が、この奇妙な場所で生活を始めてからしばらくの時間がたった……。
父から渡英の時に貰ったOMEGAの腕時計は、濁流に流された時に壊れたのか動かなくなっていた。
だから正確な時間はわからないが、大体僕が意識を戻してから、五日か…一週間ほどの日にちがたっていると思う。
大体、コノ部屋には窓が無く日が当たらないので、今が昼か夜か判らないぐらいだった。
睡眠時間も元々僕の生活が不規則なコトもあって、眠いときに睡眠を取り、そのまま目が覚めたら起きる生活をしていた。
身体の方はほとんどの怪我は良くなって来たのだが、相変わらず右足の方はあまり変わらなかった。
何度か立とうとしたのだが、その度に鋭い痛みが走り立つことが出来ない。
しかた無くベッドに寝たままの生活だった。
何度かアンリエッタに「人を呼んでくれ」と頼んだのだがアンリエッタは首をフルフルと横に振るだけだった。
アンリエッタと話してる内に判ったのだが、どうもココは外とは隔絶されているらしく、何日か置きにアンリエッタが言う「おとうさんたち」が食料や生活品を持ってい来るようだ。
食事は大体、缶詰等の保存の効く物が中心だった。
飲料水はこの部屋の外のドコかに水道が在るらしく、英国特有の硬水の水道水をアンリエッタが汲んできてくれた。
で、アンリエッタだが…彼女は今僕と同じベッドで、気持ち良さそうにブランケットに包まって眠っている。
別に彼女とはやましいコトは無く、三日ほど前から僕が眠っている時に潜り込んで来ている。
ずっと、アンリエッタと話をしているが、彼女のコトが一番わからない。
年齢はいくつなのか?なぜこんな所に一人で生活しているのか?など彼女の存在は謎に包まれている。
彼女自身が、ココの生活を当たり前と認識していることから彼女は、よっぽど以前からココにいるらしい。
最初は彼女が何らかの病気で、ココに隔離されていると思ったのだが、僕が見ているかぎりでは健康そのものだ。
そもそもどう考えてもココはその手の病院には見えない。
知識的には、彼女の同世代とは比べるまでも無く低いが、それは彼女のせいでは無く、どうも教育を一切受けていないようだった。
実は驚いたことに、彼女はかなり頭が良く、僕の話したコトは、ほぼ完璧に記憶している。
僕の見立てでは初歩の足し算などが出来ないし、一般常識を含む倫理、道徳観もほとんど無いなどから大体、小学校に通う以前から外の世界と断絶して、ココで生活しているみたいだった。
とにかく彼女自身は謎が多いのだが、彼女は僕のコトを気に入ってくれてるらしく、本当にかいがいしく僕の世話をしてくれる。
それこそ、つたないながら一生懸命世話をしてくれるので、全然動けない僕の方が恐縮してしまうぐらいだ…。
と、考えていた所で僕の隣で、ブランケットがモゾモゾと動く。
そろそろ、彼女が目を覚ますみたいだ。
「ん、おはよう…よういち」
アンリエッタは寝起きの「ボ〜〜〜」とした顔で挨拶をする。
「おはよう、アンリエッタ」
「よういち、ごはんたべたら、またいろいろおはなししてね」
「ああ、今日は折り紙を教えてあげるよ」
「おりがみ?」
アンリエッタは首を可愛らしくかしげて僕に質問する。
「うん、僕の生まれた国の遊びさ」
「そうかぁ…わたしもいつか、よういちのうまれたところにいけるかなぁ?」
「うん…いつかココから外に出られたら僕がアンリエッタを連れて行ってあげるよ」
「ありがとう、よういち…」
と言ったところで、アンリエッタのお腹が「クゥ〜」と鳴る。
「さて、僕もお腹が減ってきたな…悪いけどアンリエッタ、食事の用意を頼むよ」
「うん!よういち、ちょとまっててね、すぐごはんもってくる」
アンリエッタはそう言うと元気良くベットから飛び出して「テテテ…」と走って部屋から出て行った。
とにかく今日も、この時間から取り残された場所での一日が始まる……。
「…アンリエッター?」
僕はアンリエッタを呼んだ。
別にたいした用事はないのだが、一日中ベットに横になっていると、何となく寂しくなってくる。
「アンリエッタァー?」
少し待って、もう一度呼ぶが返事は無かった。
「…ふぅ」
僕はため息をつくと、ベットに横になった。
ずっとここで生活をしているアンリエッタが、急にどこかに行ってしまうことは無いだろうが、返事が無いのは心配だった。
「…ん?」
何気なしに目線をずらすと、アンリエッタのヌイグルミと目が合った。
良く見ると、右目が取れそうになっている。
僕はヌイグルミを手に取ると、よく観察する。
アンリエッタの唯一の友達は、ボロボロで、縫い目のホツレがあちこちにあった。
「…よし!」
僕はベットから身を起こすと、ベットから転落しないように気をつけながら、床に置いてある自分のリュックを手に取った。
…ジィー……
僕はリュックを開けると中から、簡単な裁縫道具を取り出した。
裁縫道具の中から、一番丈夫そうな、針と糸を選ぶと、とりあえず、取れそうになっているヌイグルミの目から修理していく…。
「…こんなもんかな?」
糸の色は違うが、頑丈に目を付け直すと今度は身体の方に移る。
日本に暮らしていたころは、全然しなかった裁縫も、留学しだしてから僕は、自分の服はほつれ程度なら直せるぐらい裁縫の腕が上がっていた。
本当は、こういったヌイグルミなどは、裏返して縫うのだろうが、とりあえずは、見た目より頑丈さ優先で表から縫っていく…。
「…っと出来た」
…ガチャ!
僕が、とりあえず一通りの修理が終わると、丁度アンリエッタが部屋に入ってきた。
「よう…おかえり」
「…ただいま♪」
アンリエッタは僕の挨拶に笑顔で答える。
ベットの側に来たアンリエッタの両手には、今日のご飯になるのか、缶詰を抱えている。
「なにしてるの?よういち?」
アンリエッタは床に缶詰を置くと、僕に聞いた。
「…ほら」
僕は、アンリエッタの鼻先に、今さっき修理の終わったクマのヌイグルミを持っていく。
「…???」
アンリエッタは自分の鼻先に突きつけられた、ヌイグルミをしばらく眺める…。
「…あれ?」
ヌイグルミが、修理されている事に気がつくと、アンリエッタの顔が急にほころんだ。
「すごいねぇ!ぶぅがなおってるよ」
「…はい」
僕がヌイグルミをアンリエッタに手渡すと、アンリエッタは、ツギハギだらけのヌイグルミを胸に抱いて喜びだした。
「どうだい?」
僕の問いかけにアンリエッタはニッコリと笑う。
「ありがとぅ…よういち」
「どういたしまして」
僕はおどけて言うと、アンリエッタは僕に飛びついて来た。
僕は少し恥ずかしかったが、アンリエッタの飛び切りの笑顔が見れたので、何だか得をしたような、気がした…。
さらに数日が過ぎた…。
さすがにそろそろ、知り合いたちも心配してるし、レポートのこともあるので僕はココから出たいのだが、やはり右足の調子が悪かった。
痛みを我慢すれば何とか立てるが、まだ一人では歩けそうに無い。
で、昨日アンリエッタに頼んで杖になりそうの物を探してきてもらった。
アンリエッタが持って来てくれたのは、相変わらず鉄製の水道管だったが、丁度よい長さで、重ささえ気にしなければ十分杖として使えそうだった。
「さて…今日からココの探検だな…」
と、独り言を言った時だった。
この部屋に一つしかないドアが「ガチャリ…」と開いた。
アンリエッタだ、シャワーでも浴びてきたのか長いブロンドの髪が濡れている。
元々彼女はコノ部屋で生活していたらしく、一日のほとんどをコノ部屋で過ごしているが、彼女の話によるとコノ建物にはココと似た部屋がいくつもあるらしい。
水道が使えるぐらいだからシャワーがあるかもしれない。
ココ数日、僕はアンリエッタに頼んで汲んできて貰った水で身体を拭いていたのだが、今日はシャワーが使えそうだ。
「アンリエッタ、ちょっと手伝って」
「なに?よういち」
部屋に入ってきたアンリエッタを呼ぶと、彼女は名前を呼ばれた子犬の様に嬉しそうに僕の方に歩いて来る。
「悪いんだけど、ちょっと僕の体を支えてくれる?」
「…ん、いいよぅ」
僕はアンリエッタに支えられて、杖代わりの鉄パイプを片手にベッドから立ち上がった。
一瞬鈍い痛みが右足から伝わるが…大丈夫、何とか歩けそうだ。
「ありがとうアンリエッタ、手を離していいよ」
「よういち、だいじょうぶ?いたくない?」
アンリエッタは僕からそっと離れると心配そうに聞いた。
「ああ、大丈夫だ。一人で歩けるよ」
と、僕は杖を突きながら一人で部屋の中を歩いてみせる。
久しぶりにベットから離れて歩いたので、少しフラフラする。
そのまま僕はここに来て初めて部屋から出た。
後ろには心配そうにアンリエッタがついて来る。
そして、僕はこの建物の探検を始めた……。
その夜、疲れた僕はベットの中で色々考えていた。
今日一日かけて、この建物の中をアンリエッタと調べたのだが…わかった事と、さらにわからなくなった事があった。
わかった事は、ココは用途は不明だが、古い地下施設(地下室?)だということだ。
僕の予想ではどうも第二次世界大戦ぐらいに作られたようだった。
一本の広い地下通路の左右に沢山の部屋があり、通路の一番奥はちょっとしたホールになっている。
各部屋は大体、僕がいる部屋と変わらないが、ほとんどの部屋は色々なガラクタが散乱していて、倉庫代わりに使われている様だった。
一応、機械室らしき物もあり、電気や水道、シャワー室やトイレなども使用出来るみたいだ。
あと、一つだけ鍵の掛かった用途不明の部屋があり、アンリエッタに質問したが彼女は悲しそうな顔で首を振るだけで、なにも答えてくれなかった。
ホールの方は入り口から一〇メートルほどの所で天井が崩れて、綺麗な地下水が貯まりプールの様になっていた。
どうもアンリエッタの説明によると、彼女はいつもココで身体を洗っているらしい。
ホールのすぐ手前に細い通路があり、その先は、アンリエッタが僕を見つけた水路になっていた。
天井が低いので苦労して僕が倒れていた所までいってみると、そこは行き止まりだった。
別に水路が陥没しているのではなく、僕を飲み込んだ濁流が引いてしまったので、巨大な水路の床から二十メートル近くの所にこの水路の出口があった。
僕はよっぽど運が良いのか、こんな巨大な水路をいっぱいにする濁流から助かったらしい。
どっちにしろこの高さでは、体調が万全でも僕では降りるのは無理そうだった。
そして水路を引き返した。
ホールをはさんで通路の反対側は地上への出口になっているみたいだった。
唯一の地上の出入り口は、分厚そうな鉄扉一枚で、押しても引いても開かない。
どうも外側から鍵が掛けられているみたいだった。
一応自分の目で地下室を見てわかった事はこんな所だが、逆にわからない事が多すぎた……。
唯一の出入り口のドアに外から鍵を掛けているという事は、どう考えてもアンリエッタは監禁されているみたいだ。
彼女が自分が監禁されている自覚が無くても、こんな病院でもない所に長期間監禁するなんて、犯罪行為以外ありえないと思う。
一応、彼女の世話をしている人は、食事も不定期ながら、彼女が飢えないほどの量は持って来ているらしいが、目的がなんにしろ、ろくに彼女の世話や教育をしないのはどう考えても許せなかった。
「ねぇ…よういち」
そこまで考えた時、僕はアンリエッタに呼びかけられた。
彼女は今までベットの横で寝転びながら、僕のノートに落書きをしていた。
「なに?」
「よういちは、ここからどっかにいっちゃうの?」
アンリエッタは僕が持っていたシャープペンシルを不器用に握りながら僕に聞いた。
「どうしたんだい、いきなり?」
「うん…よういちは、ちじょうってところにおうちがあって、そこにいっちゃうんだよね」
僕は言葉に詰まった。
僕がココから地上に戻るということは、アンリエッタと別れるということだった。
「ああ、怪我が良くなったら戻らなくちゃいけないな」
僕は純粋なアンリエッタに嘘はつきたくなかったので、本当のことを言った。
「そうかぁ…よういちは、はやくけががなおったらいいねぇ」
アンリエッタは、自分が一人になることを承知で僕の身を案じてくれる。
彼女は絶対に僕に対して嘘やおべっかを言わないので、彼女は本当に僕のことを案じてくれている。
アンリエッタも一緒にココから出て行きたいのだが、彼女にはココで監禁されている正当な理由があるかもしれない。
僕の個人的なわがままで、彼女をココから連れ出すことは出来ない。
僕はこれからもココでずっと一人で生活していくアンリエッタが可哀相でたまらなくなる。
「アンリエッタ…こっちにおいで」
僕はアンリエッタを呼ぶと彼女を両腕で抱きしめた。
アンリエッタは僕に身をまかして目を閉じて、じっとしている。
僕はアンリエッタと会ってから、あまり彼女を女性と感じない様にしてきた。
たしかにアンリエッタは美人で、その上いつもシャツ一枚の半裸なので「ドキリ」とすることは何度もあったが、僕自身、怪我をして動けなかったし、状況が状況なだけに、そこまで気が回らなかった。
しかし一番の理由は「純真すぎる彼女に対して、女性としてセックスの対象と見ることが純真な彼女を汚してしまうと」心のどこかで僕は、考えていたのかもしれなかった。
「アンリエッタ…」
「ん?」
「僕がココから出て行ったら…アンリエッタは悲しいかい?」
「うん…でも、わたしがまんするよ…」
アンリエッタは僕に心配させないように言う。
だがアンリエッタのほのかに暖かい身体はこわばっていた。
僕はたまらなくなって、アンリエッタの顔を僕の方に向ける…彼女は潤んだ深いブルーの瞳でじっと僕を見つめる。
「アンリエッタ、僕の事好き?」
アンリエッタは答える代わりに僕の背中に細い腕を回して力をこめる。
「僕はアンリエッタのことが好きだ…」
僕はアンリエッタに優しくキスをした…。
アンリエッタは子犬のように「クンクン」といいながら僕のキスに答えてくれる。
……そして僕はゆっくりアンリエッタから唇を離した。
「…ん」
アンリエッタは、僕がキスをやめた事に抗議するように僕の胸に顔を擦り付けてくる。
僕はこのままアンリエッタを抱いてしまうのが、「僕と彼女にとって良いことだろうか?」と考えてしまった。
その時!「ギギィ〜」と、ドコかのドアが開く音がした……。
アンリエッタは閉じていた目を開くと、一瞬、体を強張らせて耳を澄ます。
僕も抱いていたアンリエッタの身体を離すと、耳を澄ました。
「ドカドカ…」と廊下に反響して、人数はわからないが足音が聞こえる。
「アンリエッタ、誰か来たんじゃ…」
と、僕が言い終わらないうちに、アンリエッタはベットから降りて。
「おしごとにいってくるから…」
「…仕事?」
彼女の言葉に僕は根拠も無く何だか嫌な予感がした…。
僕は彼女の言った言葉を聞き返す。
「うん!わたし、おとうさんたちとせっくすするの」
アンリエッタは僕の質問に答えると「テテテ…」と走って部屋から出て行ってしまった……。
CHAPTER 05
「アアッー…アッアッアッ……」
アンリエッタがこの部屋から出て行ってからしばらくの時間がたった。
さっきからずっとこの地下室にアンリエッタと数人の男の喘ぎ声が聞こえる…。
僕はアンリエッタの仕事が娼婦という事でショックを受けていた。
一人でベットの上で寝転がっていて、考えるのはアンリエッタのことばかりだった。
彼女は今、この地下室で男達とセックスに耽っている。
耳を塞いでもこの現実は変わらない。
「たぶん彼女は飼われているのだ…」
「男達は彼女を自分達の玩具として飼育しているのだ…」
と、そんな事が僕の頭の中でグルグル回っていた…。
僕は無意識のうちに杖を手にとって、部屋から出ていた…。
「ヒィ…もっとください…クッ…」
僕は部屋から出ると、アンリエッタ達がいる所が、昼間確認した出入り口に一番近い唯一鍵の掛かった部屋だとわかった。
そして、なるべく足音がしないように慎重に歩く…。
アンリエッタ達のいる部屋の隣の部屋まで来たときチョット考える。
もし、男達に見つかったときは今の僕の足じゃ逃げられない…そう考えると、静かに扉を開けて隣の部屋の中に滑り込んだ。
「フウ…フウ…フウ……」
「オラッ、休んでないでちゃんと後始末をしろ」
隣の部屋からアンリエッタと男達の嬌声が聞こえてくる。
僕は電気の点いてない部屋の中を見回した。
最初は真っ暗だと思ったのだが、暗闇に目が慣れてくると何箇所か隣の部屋から光が差し込んで来ている。
どうも壁が何箇所か傷んで剥がれ落ちているみたいだった。
僕は物音を立てないようにそっと適当な穴から隣の部屋を覗きこんだ。
「よぅーし、いいぞぅ…」
「ンム…チュピ、チュピ……」
その部屋は綺麗に片付いていて、部屋の中央にカーペットが敷いてあった。
そのカーペットの上で、アンリエッタと男がいた。
僕の見ている角度からは男の背中しか見えないが、どうも男は自分の前にアンリエッタを座らせて自分のペニスにフェラチオさせているみたいだった。
「ンクッ…ンクッ…ハァ…ン……」
僕は、実際アンリエッタが男達とセックスしている所を覗いていてもなぜか冷静だった。
自分はもっと、男達に怒りやアンリエッタに悲しみの感情が湧き出てくると思っていたのだが、僕は冷静にこの異状なパーティを観察していた。
「よーし、トムお前もこいよ」
今まで彼女にペニスをしゃぶらせていた男が僕の視界の外にいる男に呼びかけた。
「わかったよ」
男が覗き穴の視界の外から現れる、たぶんヤツがトムらしい。
男達はいったんアンリエッタから離れると彼女を挟んで彼女の秘唇とアナルの両方の穴に同時にペニスを突き刺した。
「アグッ…ヒィ……ヒィ…ヒィ…」
小柄なアンリエッタの身体は大きな男達に挟まれて、小船のように翻弄されている。
「イイッ…ま、まえとうしろがいっぱいできもち、ッイイ……」
アンリエッタは僕に見せてくれる笑顔とは別の笑みを見せながら男達の間であえいでいる。
「…そろそろイクぜぇ」
「おう、オレもイキそうだ…」
「イクッ!イク…アアアアアアッ!アアァ〜〜〜〜〜〜」
アンリエッタと男達はほ、とんど一緒に絶頂に達すると、三人ともぐったりとなる。
「ふぅ〜…まぁ今日はコレくらいにしとくか」
男達はペニスをアンリエッタから引き抜くと、何が可笑しいのか笑いながら僕の視界から消えていく。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ」
一人残されたアンリエッタは粗い息を吐きながら絶頂の余韻に浸っている。
だらしなく開いた股間は、今さっき射精された精液が秘唇と開ききったアナルの両方から「トロリ…」とたれていた。
しばらくすると満足したのか、男達とアンリエッタは部屋から出て行った。
僕は隣の部屋が電気が消えたので、真っ暗になってしまったこの部屋で呆けたように座り込んでいた…。
僕はアンリエッタの激しい痴態を見たあと、「彼女とどう接したら良いんだろう」と真っ暗な部屋の中で一人考えていた…。
「じゃあ、また今度来るからな……」
と言う男の声が聞こえると、続いて扉が閉まる音が聞こえた。
僕はノロノロと立ち上がると部屋から出て、いつも寝泊りしている部屋に戻る。
アンリエッタは、水浴びでもしているのか、部屋にも居なかった。
僕はベットの中に戻ると、そのまま目を閉じる…。
今日は色々な事があって僕は疲れていた。
何だかすべての事がどうでもいいような気がして僕は眠りに落ちた……。
CHAPTER 06
「アァー…ウンンンンンン…」
今日も男達はこの地下室に来ていた。
僕は自分の部屋でじっと天井を見詰めている。
男達がこの地下室にやって来てから、さらに数日が過ぎたと思う…。
僕はあの日から自分でもわかるぐらい落ち込んでいた。
何をする訳でもなく、一日のほとんどをベットの上で過ごしていた…。
しかし、男達が来ると、あの隣の部屋に忍び込んで、アンリエッタ達の淫靡なパーティを覗いていた。
あの日から、アンリエッタとは、ほとんど話をしていない…。
アンリエッタは僕の態度が変わっても、いつもどおり僕の世話を焼いてくれるが、僕の方が彼女に対してどう対応していいかわからなかった。
「…クッ、ヒィ…アアン……」
いつからかわからないが、アンリエッタは自分の身体をあの男達に提供して代価として食料を貰っている。
それは、アンリエッタが生きるためには正当な取引かもしれないが、僕は何だかまちがっているような気がした。
アンリエッタは、自分のしている仕事の意味が理解出来ていない。
僕の態度の激変が、自分がなにかしらのミスをして僕がアンリエッタに怒っていると思っているのか、時々、僕の見えない所で泣いているようだった。
僕は「アンリエッタにどうすればいいんだろう…」と毎日考えていた……。
「はははッ…コイツ本当に飲みやがった…」
地下室に響く男達の声……。
僕は、ふとアンリエッタが部屋から出て行く時に置いていったヌイグルミに目が行った。
今日は僕はアンリエッタが、部屋から出て行く時に寝たふりをしていた。
アンリエッタはココ数日の激しいセックスで疲れている様だった。
アンリエッタは気を使って僕を起こさない様に、そっとヌイグルミをいつも自分が寝ている所に置きながら。
「よういちが、わたしのこときらいになっても…ぶぅはよういちのそばにいてあげてね…」
と言うと、疲れた体でフラフラと部屋から出て行ったのを思い出した。
僕は片目の取れかかったクマのヌイグルミを見つめていると、何だか涙が出てきた…。
ヌイグルミは無言で僕を元気づけてくれる…。
「…アッアアアアアアアァー…」
僕は……。
「ありがとう…お前に助けられたよ」
と、クマのヌイグルミをベットの上にそっと置くと、杖を手に取ると歩きだした。
ヒタヒタと地下道の廊下を歩く…。
…そして、例の部屋の前に来た。
「…オイッ!気持ちイイのか?」
部屋の中では、まだ男達の饗宴が続いているみたいだった。
僕は扉の前で数回、呼吸を整えると、杖代わりの鉄パイプを握り締めて、勢い良く扉を開け放った!。
部屋の中で最初に目に入ったのは、アンリエッタのブロンドの髪だった……。
薄暗い部屋の中で、彼女の長い金髪は綺麗に輝いていた。
あお向けで、二人の男に組み敷かれているアンリエッタと、彼女の上で全裸で腰を振っている男、そして彼女が逃げられない様に彼女の両手を掴んでいる男がいっせいに突然開いた扉の方を見る!。
僕は右足の怪我など気にせず一直線に、彼女の上にのしかかっている男の方に駆け寄った。
僕は躊躇無く男に向かって手にもった鉄パイプを振り下ろした!!!。
「ガッ!!!」
鉄パイプは狙い違わず男の頭部に命中する。
「ゲハッッ!」
男は殴られたショックでアンリエッタの上から転がり落ちた。
「テメェッ!いったい……グハッ!」
僕はアンリエッタを組み敷いている男を、帰す刀で横殴りに殴りつける。
僕は興奮して身体中にアドレナリンが回っているのがわかる。
「アンリエッタッ!」
男達がアンリエッタから離れて床の上で悶絶している。
「アンリエッタッ!!!」
僕はぐったりしているアンリエッタの名前を呼んだ!。
「よ、よういち…?」
アンリエッタは僕の呼びかけに答えると、精液だらけの身体でヨロヨロと立ち上がる。 僕は息をつきながら、アンリエッタになるべくやさしく。
「…おいで」
と、一言だけ言った。
アンリエッタは「コクン…」と頷くと僕の方に歩いてくる。
僕はアンリエッタの手を取ると部屋の出口の方に駆け出した。
部屋の扉を閉めようとした時、最初の殴った男が頭を振りながら立ち上がるのが見える。
僕は素早く扉を閉めると、鉄パイプで扉をつっかえた。
「……アンリエッタ、部屋に行ってブゥをとって来るんだ!」
僕は扉を背中で抑えながらアンリエッタに言う。
アンリエッタは僕の言葉に何の疑いも無く、全裸で廊下の奥に駆け出す。
「テメェッ!開けやがれ!!」
男達が気がついたのか扉を叩きだした。
僕は身体で扉をつッかえる様にアンリエッタを待つ。
アンリエッタはすぐ部屋から僕の所に戻って来た。
彼女の手にはクマのヌイグルミと僕のリュックが握られている。
それに、アンリエッタは僕の上着を羽織っていた。
僕はアンリエッタに何も説明をしていないのに、彼女はこれからどうなるかわかっているようだった。
僕はアンリエッタにニコリと笑うと、彼女もニコリと笑う。
「僕と行くかい?」
僕は意地悪くアンリエッタに確認する。
「うん、まえにいったよね?よういちのうまれたところに、つれていってくれるって」
「ああ、言ったよ……約束だ」
僕は段々激しくなるドアの衝撃に身体をふんばりながら答える。
いまさら何をどう考えたってしかたない…なるようになれだ。
「アンリエッタ、先に出口へ…」
アンリエッタは僕が短く言ったコトを理解して、先に荷物を持って出口に急ぐ。
僕はもう一度鉄パイプをつッかえ直すと右足を引きずりながら出口へと急いだ…。
アンリエッタが待っている出口へ……。
僕が、痛む足を引きずって出口にある鉄扉まで行くと、アンリエッタはちゃんと待っててくれた。
二人で扉をくぐると、僕は用心のために入り口の鉄扉を閉めようとする。
「…ック」
分厚い鉄扉に苦戦していると、アンリエッタが横に来て手伝ってくれる。
…ガシャン!
二人でやっとこさ扉を閉めると、扉の取っ手の所にゴツイ南京錠が掛かっているのに気づく。
僕は南京錠で扉をロックすると、その場に座り込んだ。
「…ふぅ」
僕は、男達を地下に閉じ込めると息を吐き出した。
目の前を見ると、コンクリートで出来た階段があり、上から日の光が差し込んでいる。
久しぶりに見る日の光に涙が出そうになるのをこらえる。
僕は背中を扉で支えながら立ち上がると、側にいるアンリエッタが支えてくれる。
「さぁ…行こうか」
「うんっ!」
僕はアンリエッタ支えられながら二人で階段を昇った……。
階段を上がりきると、そこはどこかの工場跡の中のようだった。
酸化したスピンドルオイルの匂いが僕の鼻につく。
そこらに置いてある大型の機械は、錆び付いてもう何年も放置されているように見える。
建物自体も傷みが激しくて、窓ガラスなどは、ほとんど割れていた。
ロンドンの四月には珍しく天気が良いのか、ガラスの無い窓から日がさしこんでいた。
「…ここは?」
僕が、何かここの位置が確認出来るものが無いか見回していると、側にいたアンリエッタが一人で歩いて行く……。
「お、おいっアンリエッタ…」
アンリエッタは僕の呼びかけが聞こえないのか、ヌイグルミを持ったまま、建物の出入り口に歩いて行く。
僕は足を引きずりながらアンリエッタの後を追いかける。
アンリエッタは一人で工場の出口を出ると、空を見上げた。
僕がやっとの事でアンリエッタの側に行くと、日の光が眩しいのか、彼女は右手を顔の前にかざして空を見ていた…。
「…アンリエッタ?」
僕はアンリエッタにもう一度呼びかけると、彼女は眩しそうに目を細めて空を見ながら…。
「…ねぇ、よういち…」
「ん?」
「あたしね、なんだかうれしい…めが、ちかちかするけど…」
そう言うと、にっこり笑いながら、アンリエッタは顔の前にかざしていた手を太陽を掴むようにゆっくりと伸ばす…。
なぜか僕はアンリエッタを見ながら、涙が出た。
アンリエッタはやっと取り戻したんだと思った。
……日の光を。
CHAPTER 07
……そして、僕達が地上に脱出してから幾日か過ぎた。
あの後、僕とアンリエッタは工場から出ると、そばを通りがかった車を停めて助けを求めた。
僕の事はハンスやダイアナが心配して、捜索願が地元の警察に出されたらしく、かなり大掛かりな地下の捜索が行われたらしかった。
ハンス達の捜索願が効いたのか、すぐ僕達の所に警察が来てくれて、僕とアンリエッタは警察に保護された。
警察の人たちは僕達の保護と同時に、男達も逮捕した。
男達は抵抗したものの、出口が一つしかないあの地下室から逃げられるわけも無く、二人とも逮捕された事を、僕は病院のベットで聞いた。
僕とアンリエッタは現場から直接病院に運ばれた。
僕は右足の治療と検査で、アンリエッタはずっと地下室で生活していたため、色々な検査があった。
人間は日の光を、ある程度浴びないと、ビタミン類などが致命的に足りなくなるらしい。
それこそアンリエッタは、妊娠検査を含めた色々な検査を我慢して受けていた。
で、結果は…アンリエッタは奇跡的に少しのビタミン不足ですんだらしい。
アンリエッタと僕は病院では別々の病室だったが、アンリエッタは医者や看護婦の言う事を良く聞いているらしい……。
「…で、ヨウイチが流されたのは、やはりエイプリル・シャワーのせいだな」
ハンスが病室のベットの横に置かれている椅子に腰掛けながら言う。
彼は、暇を見てはロンドンにある僕の病室に見舞いに来てくれていた。
「エイプリル・シャワーねぇ…」
エイプリル・シャワーとは、文字通り四月に降る雨の事で、日本の夕立の様に、急に雷を伴って大量に降り出すロンドン名物の内の一つだ。
僕が地下に潜っている時に偶然にも、観測史上最大級のエイプリル・シャワーが降ったらしい。
地上では落雷によって停電とロンドン市内の排水限界を超えて市内が水びだしになって大変だったらしい。
結局、その記録的な大雨で、僕は地下水道を流されたらしかった。
「まったく、俺たちがどんなに心配したか…」
ハンスは腕を組んで言う。
後で聞いた事では、僕の捜索はテムズ川の下流まで行う予定だったらしい。
「ごめん、ごめん…」
と、僕がハンスに謝っていると病室のドアが開いて、勢い良くアンリエッタが病室に飛び込んできた。
アンリエッタは僕とハンスの間に立つと、ハンスをにらみだした。
「…う〜」
「…この子が…ヨウイチのお姫様か?」
アンリエッタににらまれているハンスは、苦笑しながら僕に聞いた。
僕がハンスに謝っていたので、アンリエッタは初めて会うハンスが、僕に怒っていると思っているらしい。
「まあね」
僕も苦笑しながらハンスに言う。
僕はハンスに遭難していたときの事を包み隠さず話していた。
アンリエッタは、病院用の薄いブルーのパジャマ着て、誰か看護婦に結ってもらったのか腰まである長い金髪を綺麗に揃えて、三つ編みに結っていた。
アンリエッタは今にもハンスに飛び掛りそうだったので、僕は目の前でゆらゆら揺れている三つ編みを引っ張った。
「んにゅ…」
アンリエッタは急に髪の毛を引っ張られて変な声を上げると、涙目で僕に振り返る。
「いたいよぅ…よういちぃ〜」
「こら!アンリエッタ、部屋に入るときは?」
「ん?…のっくする?」
「よろしい…それとこの人はハンス、僕の友達だ」
僕はハンスをアンリエッタに紹介する。
ハンスは僕とアンリエッタのやり取りをニヤニヤ笑いながら見ると。
「よろしく、フロイライン」
「…???」
「ほら、アンリエッタ」
「…こんにちは」
ハンスの挨拶にアンリエッタはぎこちなく挨拶を返す。
アンリエッタはまだハンスを警戒しているのか、僕のパジャマを掴んで上目使いで、ハンスを見ていた。
「ところで、ヨウイチ」
「ん?」
「警察の方から何か連絡は?」
僕は今回の事件の担当になった、優しそうな中年の刑事を思い出しながら。
「取り調べはしているようだけど、まだ大した事は…ただ、一言だけ拾ったってさ」
「…拾った?」
「うん、今のところ犯人が自供したのはそれだけらしいよ」
「フム…偉大なるスコットランド・ヤード( ロンドン警視庁の通称)も難航しているようだな」
「ああ、アンリエッタが誘拐されていたとしても、手がかりが少なすぎるからね、誘拐時期の特定も難しいみたいだし、結局は犯人たちの自供待ち…だな」
アンリエッタの身元はまだ、判っていない。
警察も今回の事件で捕まえた犯人達の取り調べをしているのだが、アンリエッタの事はまだ何も自供していないようだった。
「マスコミは?」
「…う〜ん」
行方不明だった僕の事は一部のマスメディアで報道されたのだが、アンリエッタの事は報道しないようにマスコミに頼み込んだ。
警察の方もアンリエッタの事は、報道管制を敷いているのか、病室でニュースを見ている限り名前が出た事は無い。
もっと、大々的に報道すれば、アンリエッタの身元が判る情報が来るかもしれないが、今回の事件は解決しても、決して美談では無いし、彼女のこれからの生活を考えると、そんな事は出来なった。
「………」
アンリエッタは僕達の会話に自分の名前が出ると、僕達の方を見たが、彼女はベットの横にあるサイドテーブルの上に置いてある、見舞いで貰った林檎に興味があるようだった。
僕はハンスと話をしながら、アンリエッタに林檎を渡す。
「…はい」
「ありがとぅ、よういち」
アンリエッタは僕から林檎を受け取って礼を言うと、そのまま林檎を齧ろうとする。
「ちょっと待って…え〜っと、どこかにナイフが…」
「…貸してみろ」
僕が林檎の皮を剥こうとナイフを探していると、ハンスがアンリエッタに手を差し出す。
「……」
ハンスの差し出した手を見ると、アンリエッタは僕の方をみる。
「ハンスが林檎の皮を剥いてくれるって」
僕がそう言うとアンリエッタはハンスに林檎を渡した。
ハンスは林檎を受け取ると、いつも持ち歩いているゾーリンゲン製のハンティング・ナイフで器用に皮を剥きだした。
アンリエッタは綺麗に繋がっていく林檎の皮を興味深そうに見ている。
「…で、頼まれていた件だが」
ハンスは林檎を剥きながら僕に話し掛ける。
「何か判ったか?」
「詳しい事はまだ…ただ、作られた工房は判った」
僕がハンスに頼んだのは、アンリエッタの持っていたクマのヌイグルミを調べてもらう事だった。
あのクマのヌイグルミが、僕はアンリエッタの身元の判明の手がかりになると思って、ドイツ人のハンスに調査を頼んだ。
ドイツの男の子は、子供の時に親から貰ったテディベアを生涯の友人として一生大事にする、とハンスに聞いた事を思い出して、ハンスに何か手がかりにはならないかと相談した。
ハンスはヌイグルミの写真を見て、一目でドイツ製のテディベアと判ったらしく、快く本国のテディベアに詳しい友人に連絡を取ってくれた。
「工房?」
「あのベアが作られたのは、Steiff(シュタイフ)社だな」
「Steiff?」
僕は聞きなれないドイツ語を聞き返す。
その時、ハンスが林檎を剥き終わる。
「…ほら」
「…ありがとう、はんす」
アンリエッタはハンスに礼を言うと、林檎を受け取った。
「はい、よういち」
そして、綺麗に剥かれた林檎の半分を僕にくれる。
「…ああ、ありがと…ハンスも食べるかい?」
「いや、俺はいい…で、あのベアのことだが」
「うん」
僕はアンリエッタから受け取った林檎を齧りながら頷く。
「直接見てみないと判らないらしいが…耳にタグは付いていたか?」
「タグ?…たしか、白い布が付いてたと思うけど…」
僕はちょっと考えると。
「アンリエッタ、ブゥを持ってきてくれる?」
「ん…」
アンリエッタはモグモグと口を動かしながら頷くと、病室から出て行った。
「白タグか…」
ハンスが病室から出て行くアンリエッタを目で追いながら呟いた。
「タグって何か意味があるのかい?」
ハンスは僕の質問に説明してくれた。
タグとは、象のマークのボタンとともにシュタイフ社の製品のシンボルで、ほとんどの製品の耳に付いているらしい。
特に、数量を限定して作られている製品には、一般向けの黄色いタグに代わり、白いタグが付けられ、さらに、世界限定と、地域限定(アジア、ヨーロッパなど、地域限定で売り出される)国限定(特定の国で売り出される)、ショップ限定(あるショップの為に作られそこでのみ販売される)などがある。
世界限定は、白いタグに黒字、地域限定以下、販売地域が限られるものは白いタグに赤い字で文字がプリントされている。
タグには商標、商品番号、ベアの名前、サイズ、個体番号(一体のベアに一つずつ)が表示されているらしかった。
それに、シュタイフ社では、全ての製品のカタログが保管されているらしい。
「…じゃあ」
「ああもし、そのベアのタグがちゃんとした物ならば、少なくともベアの身元は判るはずだ」
「…なるほど」
…コンコン…
「はい」
ノックの後、アンリエッタがヌイグルミを抱えて部屋に入ってきた。
「はい、よういち…ぶぅもってきたよ」
「ああ、ありがとう」
僕はアンリエッタからヌイグルミを受け取る。
確かに多少は汚れて擦り切れているが、白いタグが耳に付いていた。
僕はヌイグルミをハンスに手渡した。
「ちょっと借りるぞ」
ハンスはアンリエッタにそう言うと、ヌイグルミを調べ始めた。
ハンスはしばらくヌイグルミの耳を中心に、注意深く調べる…。
「…どうだ?」
ハンスは僕の問いかけにヌイグルミから顔を上げる。
「…大丈夫だ…ヨウイチ、メモとペンはあるか?」
僕はサイドテーブルからメモとペンを取り出すと、ハンスに渡す。
ハンスはメモとペンを受け取ると、タグを見ながら、なにかメモを書き出す。
「…よし、これでいい。ありがとうアンリエッタ」
ハンスはメモを取り終えると、アンリエッタにヌイグルミを返した。
「…ねえ、よういち、ぶぅをどうするの?」
アンリエッタは返してもらったヌイグルミを大事そうに抱えながら僕に聞いた。
警察もアンリエッタのヌイグルミが、捜査の手がかりになると考えて、提出を依頼したのだが、アンリエッタが嫌がったのでとりあえず保留させてもらっている。
「どうもしないよ、ちょっと調べただけだから」
僕はアンリエッタを安心させようと優しく言う。
「…うん」
アンリエッタは安心したのか、僕に微笑みかけると、僕の寝ているベットによじ登って腰掛けた。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るか…ベアの事はもうちょっと時間をくれ」
ハンスはそう言うと、今さっき書いたメモをバックにしまって立ち上がった。
「ああ、たのんだぞ」
「今度来る時は見舞いをもって来るさ…さようならフロイライン」
ハンスがアンリエッタに別れの挨拶をする。
「うん、さようならはんす」
アンリエッタは、ベットの上で足をブラブラと揺らしながらハンスに挨拶を返した。
ハンスが静かに扉を閉じると、僕はアンリエッタの事を考えた。
今は身元の判らないアンリエッタは、二人とも病院に入院していることもあって、僕と自由に会うことが出来る。
この先、アンリエッタの身元が判ると、アンリエッタは家族に引き取られるだろうし、ただの留学生の僕と彼女は別れなくてはいけないだろう。
アンリエッタの家族が判らなくても、一般常識の欠けるアンリエッタは、それなりの更生施設に入らなくては自力で生活する事は出来ない。
僕としては、アンリエッタの身元が判って、彼女が家族に再会して欲しいと思うけど、離れ離れになるのも嫌だった。
「…フゥ」
「どうしたの?よういち」
僕が、アンリエッタと僕のこれからの事を考えて、ため息をつくと、アンリエッタが心配して声をかけてくる。
「…どうも無いよ」
僕はアンリエッタを後ろから抱き寄せると、彼女の金色の髪に顔を埋めた。
アンリエッタの髪の匂いを嗅ぎながら、彼女はこれからどうするつもりなのか気になった。
僕はアンリエッタの事を好きで、これから先、一緒にいられたら良いと素直に考えたが、彼女は僕と一緒にいる事が幸せなのだろうか?…そして幸せになれるのだろうか?。
「アンリエッタ…」
「ん?」
「これから、アンリエッタはどうするの?…」
「???」
アンリエッタは僕の質問の意味が判らないのか、僕のほうに首をめぐらして僕のほうを見た。
僕はアンリエッタの瞳を見る。
「…わたしはねぇ…ばかだからよくわからないけど…」
「けど?」
「よういちといるとね、えーっとね…きもちいいとおもうんだ」
「きもちいい?…どうして?」
「………」
僕が再び聞くと、アンリエッタはしばらく考えていた。
アンリエッタは乏しい語彙で一生懸命考えているようにみえる。
「うーん…なんでかな?でもきもちいいよぅ」
「そうか…」
「でも、わたしは…おうちにかえろうとおもう…」
「えっ?」
アンリエッタは急にあの地下室に帰ると言い出した。
「ここにいるとね、びるもなんしーもえりすもけいとも、みんな…わたしにやさしいんだよぅ」
アンリエッタは担当医と看護婦達のの名前を言う。
「病院の人がやさしいのは当たり前だろ…」
「でもね、わたしはみんなにめいわくをかけてるとおもう…だから…おうちにかえる…」
僕はアンリエッタの言いたい事は何となく判った。
アンリエッタはあの地下室の被虐的な生活の中で、僕以外の人間には、ほとんど優しくされた事は無かったはずだ。
だから他人から優しくされても、アンリエッタはその好意が、自分がいる事で周りに迷惑をかけていると思ったのだろう。
「…でも、あそこに帰ったらアンリエッタは僕と離れ離れになうんだよ?」
「……」
僕がそう言うと、アンリエッタは何とも言えないような悲しげな表情をした。
僕はアンリエッタの言葉を待つ…。
「…よ、よういちのめいわくになるのが…」
アンリエッタは潤んだ瞳で、やっとそれだけを呟く。
「僕の迷惑になるのが?」
「…いちばん、いやだよぅ…」
アンリエッタはそう言うと、彼女の瞳から涙がこぼれた・・・。
僕はアンリエッタを抱いていた腕を離すと、泣いている彼女を僕の正面に向かせた。
「アンリエッタ…」
僕を見ながら泣いているアンリエッタに僕は呼びかける。
「僕は…君と離れたくないんだ…」
「…でも」
僕はアンリエッタの流れる涙を、指先でぬぐった。
「いいんだよ…アンリエッタ…君は僕に迷惑をかけても」
「………」
「今の君には難しい話かもしれないけど、僕はここに…この地上に君を連れてきたんだ。だから君の事を出来る限り…守りたいと思う…」
「…まもる?」
「ああ、守る、これからもずっと…君がここに…いや、僕の側にいる限り…」
「…っく」
アンリエッタはシャックリをしながら僕の話を聞いている。
「だから、君は僕の側にいてくれ…」
「…よういち」
僕はそれだけ言うと、アンリエッタの手を取って手の甲に口づけする。
いつの間にか、病室に月の光が差し込んでいた…。
「んん…」
僕は薄暗い病室の中で、アンリエッタとキスをしていた…。
「…アンリエッタ」
僕がキスを止めて、名前を呼びかけると、アンリエッタは顔を上げて、僕の顔を見る。
僕はアンリエッタの身体を離すと、彼女の着ていたシャツを脱がした。
「…よういち?」
アンリエッタのパジャマのシャツを脱がすと、彼女の薄い胸があらわになる。
「…ゴク」
僕はアンリエッタの裸を見て唾を飲み込んだ。
綺麗だった…。
あの地下室で長い間、男達に陵辱されていても今の僕には関係なかった。
改めてアンリエッタの裸を見たが、彼女の身体はどこまでも白くて、妖精のように見える。
裸にしたアンリエッタをベットにやさしく寝かす。
僕は無言で、アンリエッタの胸に唇を寄せると、そのまま彼女のピンク色をした乳首にキスをした。
「…ンン」
アンリエッタは僕の愛撫がくすぐったいのか身をよじる。
僕はこれから、アンリエッタを汚してしまうことに罪悪感と興奮の両方を感じながら、彼女に愛撫を続けた…。
「…アア」
僕が愛撫を続けると、段々アンリエッタの身体が桜色に染まってきた。
僕はそのままアンリエッタの下半身の方に指を這わす…。
アンリエッタのパジャマのズボンを脱がそうとすると、彼女は自分からお尻を上げて僕が脱がしやすくしてくれる。
僕はアンリエッタのズボンを脱がすと、そのまま彼女のパンティも脱がしてしまう。
そして、アンリエッタの金髪で薄いアンダーヘアを掻き分けるように指を進めていく。
アンリエッタの秘所に指が届くと、そこは微かに熱を持っていた。
アンリエッタは、僕の事を信用しているのか指が秘所に届いても嫌がらない。
「アン、アア…」
僕が指を使ってアンリエッタの秘所を攻めると、彼女は指の動きに合わせて喘ぎ声をあげる。
僕の病室にアンリエッタの喘ぎ声が響く。
…クチュクチュ…
僕がなぞるようにアンリエッタの秘所を愛撫すると、微かに湿った音が聞こえる。
僕はさっきから勃起しているアンリエッタのクリトリスを彼女の液で濡れた指で優しく剥いてあげた。
「…アァ」
アンリエッタはクリトリスを直に触られると、ビクリと身体を震わせる。
「…アンリエッタ」
僕が呼びかけると、アンリエッタは僕がこれからしようとしている事がわかるのか「…コクン」と頷いた。
僕は、潤んで真っ直ぐ僕を見つめるアンリエッタの瞳を見ると、なぜか彼女に対する罪悪感が引いていく…。
僕はアンリエッタが好きなんだ…。
そう思うと我慢できなくなって、着ているパジャマを脱いだ…。
服を全部脱いで、ベットの下に落とすと、僕はアンリエッタの青い瞳を正面から見たまま彼女に覆い被さった…。
「…アァァ…アア」
「…はぁはぁはぁ」
僕は小柄なアンリエッタを、かかえるようにして彼女の中に進入した。
アンリエッタは痛くないのか、僕の腕の中で喘いでいる。
僕は痛む足を庇うように腰を動かす。
アンリエッタの中は、きつく僕のペニスを締め上げる。
…ギシギシ…
「…アッアッアッ」
僕が腰を打ち付けるたびに病室のベットが悲鳴を上げた。
「…はぁはぁはぁ…」
僕はアンリエッタの心地良い締め付けに、イキそうになってくる。
「…よういちぃ…」
アンリエッタもそろそろイキそうなのか、弱々しく僕の名前を呼ぶ。
僕は、僕とアンリエッタが同時にイケるように腰の動きを調整する。
…ギシギシギシ…
「アアっ…アアアアアアァーーーーーーーーー」
「…っく」
僕はアンリエッタが絶頂に達すると同時に、彼女の中からペニスを抜くと、彼女の上に射精した…。
…ビクッ…ドプ…
自分でも驚くくらいの量がアンリエッタの上に降りかかる。
「…フゥフゥフゥ…」
絶頂のためか、荒い息をしているアンリエッタの顔まで僕の精子は飛んでいった……。
僕は、力が抜けてグッタリしているアンリエッタの身体に飛んだ自分の精子を優しくふき取った。
「アンリエッタ…ゴメン」
「…いいの、わたしうれしかった」
アンリエッタは疲れた顔でそう言う。
僕はそんなアンリエッタが、たまらなくなってもう一度彼女にキスをした。
お互いの舌を絡ませながら僕は、彼女を守るためには、どうすればいいか真剣に考えていた……。
…アンリエッタの身元が判明したのは、それから三日後のことだった……。
CHAPTER 08
僕はその日、午前中の診察が終わって自分の病室でまどろんでいた。
この病院に入院してから、毎日病室に来ていたアンリエッタも今日はまだ顔を出していない。
…コンコン…
「はい…どうぞ…」
僕はノックしてきたのが、アンリエッタか病院の関係者だと思って返事をした。
「…失礼します」
僕は部屋に入って来た人が、聞きなれない声だったので、誰だろうと思って入り口の方を見た。
病室の入り口には見慣れない老婦人が立っている。
「?…あの…」
僕は合った事の無い老婦人が、誰かの病室と間違ったと思って、話し掛けようとした。
「突然すいません、こちらはヨウイチ・ナガラさんの病室ですね?」
「…はい、そうですけど…」
老婦人はゆっくりと丁寧な言葉使いで、僕に話し掛けてきた。
「私は、アリシア・ノースウッドと言います」
「あ、僕はヨウイチ・ナガラです」
「私は、貴方に礼を言わねばなりません」
老婦人は、急に僕の方に緩やかな笑みを浮かべて言った。
「…はぁ?」
僕は「見た事も無い人から、礼を言われるような事はしてなかった筈だけど…」と考えた。
僕はこの老婦人を良く見てみると何となく誰かに似ているような気がした。
「もしかして!貴女は…」
僕は直感で、この老婦人がアンリエッタの身内だと思った。
「そうです、私はあの子の母方の祖母にあたります」
「じゃあ…アンリエッタのお祖母さんですか?」
「…ええ」
僕は彼女の話に驚いた。
「どうして、僕のところに?」
「貴方の友人から今日の朝、連絡がありましてね」
「ハンスが?って事は…あのヌイグルミですか?」
「はい、あのテディベアは、私がハロッズ(イギリスの代表的なデパート)で注文して、あの子の誕生日に送った物です」
「そうですか…アンリエッタには、もう合ったんですか?」
「いえ、まだです…担当のお医者様とは話をしましたが、あの子に会う前に、貴方に礼と今回の事件の話をしておこうと思って…」
彼女はそう言うと、僕が勧めた椅子に座って話を始めた……。
アリシアさんの話を要約すると、次のような話だった。
アンリエッタは彼女アリシア・ノースウッドの一人娘『アリエル・ノースウッド』の娘らしい。
ややこしい名前だが、Aから始まる名前は、彼女の家系の伝統だと、アリシアさんは苦笑して言った。
ノースウッド家はイギリスの貴族で、昔からロンドンの西の方角にある『Salisbury(ソールズベリ)』の近くに領地を構えている。
「ソールズベリってたしか…有名なストーンヘンジとソールズベリ大聖堂がある所ですよね?」
ストーンヘンジは世界的にも有名な、謎の巨大石群で、ソールズベリ大聖堂は、高さ百二十メートルをほこる、イギリスで一番高い尖塔のある大聖堂だった。
「ええそうよ、さすが建築科の学生さんね」
僕はうろ覚えの知識でアリシアさんに聞くと、彼女は微笑みながら答えてくれた。
今は貴族と言ってもほとんど名前だけだが、アリシアさんの家は幾つかの事業もしていて、かなりの資産があり、裕福みたいだった。
そこの一人娘であるアンリエッタの母親は、よくある話だが、学生時代に同じ大学に通っていた学生と駆け落ちしたらしい。
そのあたりの話は詳しくは話してくれなかったが、僕が想像するに、どうも相手の学生は、貧民層出身の奨学生だったみたいだ。
イギリスではいまだに、一部の階級差別が根強く残っていて、言葉使いでも、どの階層の出身がわかる。
実際、このアリシアさんは、ゆっくりとしたテンポのノーブルなキングス・イングリッシュで僕に話し掛けていた。
で、当時(二十年程前)は、跡取の関係から、アンリエッタの母親は、それなりの婿養子を貰って結婚する予定だったらしい。
「…あの時は、私の夫も生きていて、二人で娘の恋愛に強固に反対したわ」
アリシアさんは過去の判断が失敗だったと考えているのか、後悔しているように見えた。
そこでアンリエッタの母親は、結婚の反対されたため、両親と決別して、このロンドンに駆け落ちしてきたらしい。
そして、しばらく時間がたった時、偶然にもアリシアさんはアンリエッタが産まれた事を知った。
アリシアさんの夫(アンリエッタの祖父)は自分の娘の所在が判っても無視を決め込んだらしいのだが、彼女は自分の孫であるアンリエッタに罪はないと考えて、誕生日やクリスマスには匿名でプレゼントを贈っていた。
「じゃあ、あのクマのヌイグルミは…」
「そう、アンリエッタが三歳の誕生日に送ったものよ」
三人の生活は、今では判らないが、それなりにつつましく幸せだったらしい。
しかし、アンリエッタが四歳の誕生日の数日前に、悲劇が起こった…。
アンリエッタ達の家族の住んでいたアパートメントが夜中に火事になったらしい。
アパートメントは全焼で、この時アンリエッタの両親は焼死している。
アンリエッタは、死体は確認出来なかったが、アパートメントの状態と夜中といった時間から、アンリエッタも一緒に死亡したとして警察は処理したらしい。
アリシアさんと夫はその話を聞いて、大変悔やんだらしい。
アンリエッタの祖父は実の娘が火事で亡くなってから急に老け込んで、事件があった年から三年後に無くなった。
そこまでの話で、僕は今回の事件で逮捕された男達が取り調べで言った事を思い出した。
「…たしか犯人たちは、アンリエッタを拾ったって…」
僕がそう言うと、アリシアさんはハンスから話を聞いたのか。
「たぶん、その通りでしょうね…アンリエッタは男達の誰かに拾われて…」
アリシアさんはそこまで言うと、顔を伏せた。
僕の病室の中に、老婦人の嗚咽が響いた…。
時計を見ると、アリシアさんが来てから二時間ほど過ぎていた。
「じゃあ、アンリエッタには会わないんですか?」
僕はひとしきり泣いたアリシアさんに聞いた。
「ええ、あの子とは会いません…いや、まだ…会えないわ」
「どうしてですか?」
「私はこれから、順番は逆になったけれど、警察に行くつもりです」
「事情を話すんですか?」
「ええ、全てを話さないと…今のあの子は戸籍もないですし、私が引き取って償いをさせて貰うつもりです」
僕はアリシアさんの話を聞いて、安堵と僕のところからアンリエッタが離れてしまう悲しみの両方を感じていた。
しかし、僕はアンリエッタを守ると、約束した…。
「…あの」
…コンコン…
僕がアンリエッタとの約束の事をアリシアさんに話そうとしたその時、僕の病室がノックされた。
「…失礼。はいどうぞ?」
僕がアリシアさんと扉に向かってそう言うと、扉が開いて…アンリエッタが病室に入ってきた。
アンリエッタは、手にスケッチブックとクレヨンを持っていた。
「…よういち」
ガタンッ!
アリシアさんは、椅子を倒しながら立ち上がった。
アリシアさんの目線は、ドアを開いて病室に入ってきたアンリエッタにくぎ付けになっている。
「…?」
アンリエッタは椅子が倒れた音と、僕の病室に見慣れない人がいるので、緊張しながら僕のベットに歩いてくる。
「…アンリエッタ、挨拶は?」
僕はアンリエッタにそう言うと、アンリエッタは会った事の無い自分の祖母にニッコリ笑って挨拶をした。
「こんにちは」
「…は、はいこんにちは」
アリシアさんは、アンリエッタとの突然の邂逅にどもりながら、挨拶を返す。
アンリエッタは僕のほうに「この人は誰?」と言うような顔をしている。
僕は、アリシアさんをアンリエッタにどう紹介しようと思って、彼女の方を見ると、彼女は「黙っていて」と言うように首を振った。
僕はアリシアさんのしぐさを見ると…。
「この人は、アリシアさんって言うんだ…僕の知り合いだよ」
そう言うとアンリエッタは納得したのか、緊張を解いて、いつものようにベットに腰掛けた。
「で、どうしたんだい?今日は」
僕はとりあえずアンリエッタに話し掛けた。
「あのね、きょうはおえかきしようとおもって…だめかなぁ?」
「なんだ、絵が描きたいのか…いいよ、でも静かにしているんだよ」
「うん!わかったよぅしずかにしてる」
アンリエッタはそう言うと、ベットに腰掛けたまま、スケッチブックにクレヨンで何か書きだした。
部屋の中は誰も話をしないで、静寂に包まれる…。
しばらくして、僕が顔を上げると、アリシアさんは、集中して何かを描いているアンリエッタに見入っていた。
「…どうですか?」
僕はアリシアさんに聞いた。
彼女は僕の問いかけで、ハッとすると。
「良く似てるわ…」
「アリエルさんとですか?」
僕はアンリエッタの母親の名前を出した。
「ええ、あの子は髪がブルネットだったけど…それ以外は生き写しね」
「そうですか…で、どうします?」
「…あの、ちょっと抱かせてもらって良いかしら?」
彼女は遠慮がちに僕に聞く。
「良いと思いますよ…いや、抱いてあげて下さい」
僕はそう言うと熱心に絵を描いているアンリエッタに声をかけた。
「…アンリエッタ?」
「ん?」
アンリエッタは、僕の呼びかけにスケッチブックから顔を顔を上げる。
「なに?よういち」
「アリシアさんがね…」
僕がそこまで言うとアリシアさんが言葉を繋ぐ。
「…アンリエッタ、こっちへ来て」
「???」
事情のわからないアンリエッタは僕の方を見る。
僕はアンリエッタの顔を見ながら頷いた。
アンリエッタは手に持っていたスケッチブックとクレヨンを置くと、ベットから降りてアリシアさんの方に向かう。
「…さあ、顔を良く見せて…」
アンリエッタは椅子に座っているアリシアさんの所に行くと、アリシアさんはアンリエッタの顔を震える手で優しく手で覆う。
そして、そのままゆっくりとした動作で、正面からアンリエッタを抱きしめた…。
「…あぁ…アンリエッタ…」
アリシアさんは、アンリエッタの名前を呼びながら泣いていた。
アリシアさんの閉じた瞳から涙がこぼれる。
アンリエッタも自然とアリシアさんに腕をまわす。
そして、二人はずっと無言で抱き合っていた……。
epilogue そして……
「おおーい!ヨウイチーちょっと待ってくれー」
夕方、オックスフォードにある留学先のカレッジから、二マイルほど離れた下宿先のアパートメントに自転車で帰る途中に、僕は後ろから呼び止められた。
僕は自転車を止めると前籠に入れていたバックを肩に抱え直しながら自転車から降りた。
そして声のする方に振り返ると。
「やあ、ハンスなんだい?」
ハンスはいつものように僕をパブに誘うつもりで、僕に声をかけてくる。
「ヨウイチ、今日はこれから暇か?よければ皆でパブに行こうと思うんだが…君はどうする?」
僕は「さて、どうしよう」と考えていると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。
「…よういちぃー」
「っと、今日は無理…見たいだな…」
ハンスは僕を呼ぶ声を聞くと、苦笑しながらパブへの誘いを取りやめた。
「ゴメン、いつも誘ってもらって…」
「いいさ、今度改めて誘おう」
ハンスがそう言った時、僕を呼んだ声の主が僕たちのところにやって来た。
「あれ?…こんにちはハンス」
「やあ、フロイライン。ヨウイチを迎えに来たのか?」
「うん!」
アンリエッタは元気に頷いた。
「じゃあ、僕達は帰るよ…行こうか、アンリエッタ」
「ああ、また明日な」
僕は自転車を押して、ハンスと別れる。
アンリエッタは長い三つ編みを揺らしながら僕のそばに来た。
「…あっ!そうだ」
アンリエッタは何か思い出したのか、クルリと後ろを向くと、歩いて行くハンスに大声で呼びかける。
「ハ〜ンスッ!…今度また数学を教えてね〜!」
ハンスはアンリエッタの声が聞こえたのか、歩きながら手を振った。
僕はアンリエッタの用件が済むと、再び自転車を押しだした。
「へぇ…ハンスに数学を教えてもらってるんだ」
「うん!計算するのは、楽しいよ」
僕は下宿先に帰る道を、アンリエッタと、とりとめない話をしながら歩く…。
そろそろ、春も終わって、夏が近づいていた。
アンリエッタと二人で帰るのも、そろそろ一年が経とうとしている。
あの事件から一年が…。
「…じゃあ、アンリエッタの事をよろしくお願いします」
「ええ、まかせてください」
僕達はオックス・フォード駅で、アリシアさんと話をしていた。
あのあと、僕がロンドンの病院から、退院すると同時にアンリエッタも退院した。
アンリエッタの担当の医師は、長期的にアンリエッタを入院させたがっていたみたいだが、アンリエッタ本人が僕と離れるのを猛烈に嫌がったらしい。
最初、アンリエッタを引き取るつもりだったアリシアさんも、僕と離れるのを嫌がるアンリエッタを見て、僕がアンリエッタを引き取るのを応援してくれた。
アリシアさんは、アンリエッタの母親の事で反対していた事を、反省していたのか判らないが、アンリエッタの今後の生活には、アンリエッタの意見を尊重してくれている。
アンリエッタはこれから、僕の下宿先の空いている部屋で生活をする事に決まった。
僕が面倒を見れない時は、下宿先の大家のおばさんがアンリエッタの面倒をみてくれる。
大家のおばさんに、この事を病院から電話すると、快く返事をしてくれた。
法的には、あれからアリシアさんが警察に名乗り出て事情を説明してくれたので、アンリエッタには戸籍が戻り『アンリエッタ・ノースウッド』になり、身元保証はすべてアリシアさんがなった。
アンリエッタ本人は、事情がよく判らないみたいだが、法的な後ろ盾は彼女には必要な事だった。
犯人たちは、幼児誘拐、監禁、強姦等の刑罰が適用され、かなりの重い罪になりそうだった。
僕の方も大学側に今回の事件の話が通ったらしく(ハンス達が尽力してくれた)復学するのにほとんど問題はなかった。
アンリエッタの生活費や今回の僕達の入院費、そして僕の学費までのかなりの額をアリシアさんは出してくれた。
僕は「学費まで出してもらう必要はありません」と断ったのだが、アリシアさんはいつもの優しい笑みを浮かべながら。
「…いいのよ受けとっておきなさい、今回の事は、お金で解決するのは失礼だと思うけど、これは私の感謝の気持ちです」
と、言った。
それと、彼女はいずれ、自分の個人的な資産はすべてアンリエッタに譲るつもりらしい。
アリシアさんの経営している幾つかの会社は、彼女の甥達に経営を任せているので、そのままだが、アリシアさん個人の資産(屋敷、土地や国内、外国にある別荘、自家用のクルーザー、飛行機まであるらしい)だけでもかなりの額があるらしい。
「…もし、私の遺産がアンリエッタにわたる時、本当はこの子にはお金なんて必要無いかもしれないけど…あなたがこの子の側にいてくれると嬉しいわ」
と、意味有り気に言ってくれた。
僕はこの先、アンリエッタとの約束通り彼女を守って行く…。
「…アンリエッタ、ヨウイチさん、今度の休みには私の家に遊びにおいでなさい」
アリシアさんがアンリエッタを抱きしめながら言った。
「ええ、必ず行きます」
アンリエッタはアリシアさんと再会してからの数日で、やさしい彼女の事を気に入って懐いていた。
アリシアさんはアンリエッタと離れるとホームにある時計を見た。
「そろそろ、時間ね…では、アンリエッタ、ヨウイチさんお元気で」
「うん!おばあちゃんもげんきでねぇ」
汽車に乗り込むアリシアさんにアンリエッタは元気良く手を振った。
僕達は汽車でソールズベリに帰るアリシアさんを見送ると、手を繋いで僕の下宿先に戻った……。
「…ねえ?よういち」
「ん?」
僕が、去年の事を思い出しながら自転車を押していると、横を並んで歩いている、アンリエッタが声をかけてきた。
「もうちょっとしたら、えっと…夏休みだっけ?になるんだよねぇ」
「うん、そうだけど…ハンスに聞いたのかい?」
「ううん、ダイアナにきいたよ」
「で、どうするんだい?休みにはいったら」
「そしたら…にほんに行こうよ」
「日本に?」
「うん!おばあちゃんといっしょに行こう」
「…そうだなぁ」
「…やくそく、したよね?」
「……したな」
「………」
「よし!行こうか?」
「うん!」
アンリエッタは僕の言葉に、こぼれるような笑顔を向ける。
僕は、心地よい初夏の日差しの中で、彼女を守りながら歩いて行く道を想い描いていた…。
初投稿になります。
DAIと申します。
この作品は、一年以上前に書いた物なんですけど、発表の場が無くてPCの中に埋もれてた物です。
ちょっと長い話ですが、この作品は切らないで読んで欲しかったので、がんばって読んでみてください。
あと、感想等をいただけると嬉しく思います。
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