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追憶の梟 第五話「Buttefly's Sleep」
キャロン/文


 香港。

 

 「そうですか…黄一族本家の者達は、今は全員日本に…」

 元李一族総帥であり、小狼の母である李 夜蘭は、正面の中年の男性に向かいそう言った。

 「はい、しかし妙な話で、分家の者は誰一人として連れて行かず、本家の人間だけなのです。」

 「その意図は解りません、しかし、彼等の狙いは恐らく…あの子の持つクロウカード…」

 「クロウ・カード?何故?」

 「我等李一族は、クロウ・リード無くして今の繁栄はありません、つまりクロウこそが李の象徴。」

 「その象徴の力、クロウカードを奪い、我々の失脚を狙っている…そう御考えですか…」

 その中年男性は即座に立ち上がり、踵を返しその場を去ろうとした。

 「こうしてはおれません、直ちに我が門弟達を日本に送ります。」

 「…お待ちなさい…」

 突然の制止を受け、困惑しながら男は再び夜蘭に向き直った。

 「何故?こうしている間にも、その日本の少女は危険に晒されているやも知れぬのですぞ。」

 「黄の分家が皆香港に残っています、主力である貴方の部下達が居なくなってしまったら、残った者達だけでは対処し切れません。」

 「なら!一体どうするおつもりか!」

 夜蘭は冷淡な目をしたまま、静かに話し始める。

 「この隙に…総力を持って黄分家を制圧しましょう…指揮系統である本家が居ない今なら、可能です…」

 「お待ちをっ!ならば、日本のクロウ・リードの後継者は!?」

 一向に夜蘭の冷酷な目は変らず、他人事の様に話を続けた。

 「黄本家を討てたならそれでよし…出来なかった場合は、ここ香港で向かえ討ちます…分家を全て制圧した後なら、勝てる見込みは少なくはありません…」

 「…貴方は…日本の少女を時間稼ぎに使うおつもりか…」

 「そうです…それが最良の策でしょう…」

 「その日本の少女は、娘の友人でもあり…小狼の…それでもですか…」

 「情に流されては対極を見落とします、この手が有効なら迷わず行う事こそ必要なのです…」

 

 「…母上…」

 二人が話している一室のドアの隙間がゆっくりと開き、そこには青褪めた顔の小狼が立っていた。

 「小狼っ!?」

 驚いた男は焦りながら小狼の前まで歩くが、小狼はそれを押し退ける様に夜蘭の前まで歩く。

 「小狼…娘の具合は…どうだった?」

 何やら只ならぬ空気を読み、その場を取り繕う為に何気なく男は聞いた。

 この先程から夜蘭と話していた男の名は李 生雲、苺鈴の父親であり、李一族の武術総師範を勤めている。

 だが、そんな生雲も無視し、小狼は母親に詰め寄っていった。

 「本当ですか母上…本家の連中が日本に行ってるって…」

 「…本当です…」

 「それなのに…さくらを見捨ててっ!自分達を守る事しかしない事もですかっ!」

 沈黙の時が流れる、だが静かに、はっきりと、夜蘭は答えた。

 「…その通りです…」

 小狼は言葉を失う。

 信じられない残酷な答え、だが、小狼は即座に背を向け、その場を去る。

 「なら…おれだけでも日本へ行きますっ!」

 「なりませんっ!」

 突如響く夜蘭の叫びに、小狼も生雲もその場に固まってしまった。

 「小狼…貴方は今は李家の総帥、勝手な行動は許されません、まして私情に流される事など…」

 「…母上…どうして…」

 困惑と悲しみが入り混じった表情の小狼だが、再び夜蘭に背を向け、部屋の外へと去ってしまう。

 その直後、何かを叩く激しい音が、部屋の外から残った二人の耳に響いた。

 「っ!?小狼っ!?」

 慌てて生雲が外を見ると、沈んだまま歩く小狼の横の壁の一部が、小さくへこんでいた。

 「…義姉上…御聞きしたい…」

 険しい表情となった生雲が、夜蘭に向き直りながら呟く。

 「この為なのですか…貴方が分家の反対を押切って…まだ幼い小狼に総帥の座を御譲りなされたのは…」

 その目には、僅かながらも怒りを称えている様にも見えた。

 「小狼は以前から…日本に住む事を望んでいた…それを阻止する為にっ!小狼を李家に縛り付ける為に総帥にしたのですかっ!」

 その問いに、夜蘭は眉一つ動かさず、当然の様に冷たく答える。

 「…そうです。」

 

 「小狼…顔色、悪いわよ…」

 小狼専属の執事ウェイに足の治療をして貰っている苺鈴が、戻ってきた小狼に声を掛ける。

 だが、当の小狼は無言のまま、自分も座り込んでしまった。

 「小狼様、いかがなされました?」

 「…ウェイ…ウェイは知っていたのか?…黄の本家が皆、日本に行っている事を…」

 そう言われたウェイは、突然表情を暗くし、小狼に答える。

 「申し訳ありません…夜蘭様に口止めされてまして…」

 それを聞いた小狼は、特に責める事もせず、無言のまま俯いてしまった。

 「何?何の事?」

 「…苺鈴様…実は…」

 ウェイはもう隠す事をせず、黄一族の動向と、夜蘭の意思を苺鈴に伝える。

 全てを話し終えた後、聞いてるだけで怒りが込み上げてきた苺鈴だが、その高まりは頂点に達した。

 「…ちょっと…何よそれっ!?木之本さんはどうなるのっ!?本家の数人だけだからって、木之本さんとあのスポンジだけでどう身を守るのよっ!?そんなの酷いじゃないっ!」

 瞬間、小狼の壁を殴る音が、再び響いた。

 そのまま、驚く二人を尻目に、小狼は何処かへと去ってしまう。

 「小狼っ!?何処行くのっ!?」

 「苺鈴様、御待ち下さい。」

 後を追おうとした苺鈴だが、ウェイにそれを阻止される。

 「何するのよっ!ほっといたら小狼だって何するか解らないわよっ!」

 「…存じております…ですが…その事で少々お話が…」

 「…話?…何?」

 

 (…さくら…)

 ただ暗い表情のままの小狼は、歩きながら一つの決断を下していた。

 「…おれが…」

 不意に目を見開くと、何かを悟った様に、一直線に自分の部屋へと向かう。

 「おれが守らなくて…誰が守るんだ…」

 

 

 日本。

 「アタァッ!」「ぬあらっ!」

 刀虎と銀は一進一退のまま、激しい攻防を続けていた。

 刀虎の動きは前回より格段に速く、流石の銀でも捕らえ切れない。

 「づあぁっ!」

 銀の放つ裏拳を鼻先数ミリの正確さで避け、同時に刀虎のカウンターの足刀が銀に刺さる。

 しかしそんな事はお構い無しに、銀は蹴りを食らいながらも、体制の不安定になった刀虎に続けて拳を叩き込んだ。

 「ぐおぁっ!」

 ギリギリで手を出し、何とかガードに成功した刀虎だが、その勢は凄まじく、ガードごと地面に叩き付けられる。

 直後、倒れた刀虎のマウントポジションを取ろうと、銀は素早く走り出した。

 だが刀虎も、その名の如く猫科の動物の様なしなやかな動きで、覆い被さろうとする銀に蹴りを当て、その勢いを利用しバック転で地面に立った。

 「おおおぉぉっ!」

 銀の勢いは止まる事を知らず、立った刀虎に続けてタックルが入った。

 そのままダウンを奪う直前、刀虎はまたも素早く銀と体を入れ替え、腕を取ったまま倒れ込む。

 「取ったぁっ!」

 脇固めを極めた刀虎は、躊躇する事無く腕を折ろうとした、だが。

 極めた筈の銀の腕は、ピクリとも動かない、それどころか押し返してきた。

 「なっ!何っ!?」

 さらに上半身を起した銀は、腕を掴んだままの刀虎の首に手を掛けようとする。

 「ァタアッ!」

 危険を感じた刀虎は銀の腕を放し、近距離で腹部に拳を入れ、怯んだ隙に脱出した。

 そして、距離を置いた二人は、再び向かい合う。

 

 「…凄い…」

 ハイレベルな二人の格闘に、桜はただ見入ってしまっている。

 いや、桜だけではない、その場の全ての人間が視線を反らさず、二人に集中していた。

 「勝負を避けて貰って正解だったかな…あの男…強い…」

 クリスは銀の実力を知っていた、それ故に、刀虎の戦闘能力が今になって恐ろしく感じる。

 毒龍に至っては、久々に見る刀虎の本気に、口をポカーンと開いたまま動かなくなっていた。

 だがその一方、最悪の事態も考え、逃げる為のダッシュの準備もしている。

 闘っている二人も、互いに恐怖は感じている。

 一向にクリーンヒットが出ない銀、何発入れても全く好転しない刀虎。

 二人の実力は、ほぼ互角。

 

 「コオオオオォォォォ…」

 その時だった、銀が仁王立ちに構え、息を吸い続け始めた。

 「いけないっ!さくら君!知世君!急いで逃げるんだっ!」

 「ほえっ!?」「何ですかっ!?」

 「説明してる暇は無いっ!早くっ!」

 クリスはその正体に気付き、急いで二人を安全な場所まで逃がそうとする。

 しかし、その正体に気付いた人間は、クリスだけではなかった。

 「ホォォオオオッ!」

 雄叫びを上げながら、刀虎は一瞬で数メートルの距離を一気に縮めた。

 そして。

 「オアァタアァッ!」

 刀虎の咆哮と一撃が、銀の体を貫いた。

 

 「…ぐ…」

 銀の呼吸が止まる。

 体の血管が浮び上がる。

 

 「がはああぁぁぁぁっ!」

 大量の息と共に、銀の口から鮮血が飛び散った。

 

 「銀さんっ!?」

 尋常ではない苦しみ方。

 銀は吐血しながら地面をのた打ち回り、絶叫を上げ続けていた。

 「ぐっ!あがっ!げえええぁぁぁっ!」

 そんな銀を見下ろし、先程の一撃の体制のまま、刀虎は深く響く声で呟く。

 「…奥義…『真・破震掌』…」

 

 「…信じられない…コークスクリューの…逆回転だと…」

 遠巻きに見ていたクリスには、微かだがその技の全貌が見えていた。

 従来のコークスクリューの掌抵に加え、インパクトの瞬間に逆回転。

 二つの衝撃が体内で暴発、その破壊力は銀の『短剄』にも匹敵する。

 途方も無い修練の末に体得したタイミングが成せる、正に神業。

 しかし強引な逆回転は腕に多大な負担を掛け、連発は出来ない。

 

 「…運のいい奴だ…肺に溜めた空気が衝撃を散らしたか…」

 勝利を確認した刀虎は、そう呟くと銀に背を向け、毒龍の下へと歩いて行ってしまった。

 「はっ?へっ?おい刀虎…トドメは?」

 「馬鹿言うな…一勝一敗のまま決着を付けるなど、俺の誇りが許さん…それに…」

 刀虎は、まだ苦しむ銀に向き直り、睨みながら叫ぶ。

 「俺の味わった屈辱…貴様も存分に味わうがいいっ!」

 「…いいのかよ…後悔…するぜ…」

 そんな言葉にも反応せず、刀虎は再び背を向ける。

 「互い手の内は見せた…次は…殺す…」

 

 「納得出来るかああぁぁぁっ!殺さねぇなら俺がやっちゃるっ!」

 いきり立った毒龍は、その場から銀に向かい走り出した。

 だが、その目前を数本の針が通り過ぎる。

 「のわああぁぁっ!」

 驚き、止まり、焦り、滑り、頭から地面に激突した。

 「ぷげっ!」

 暫く動かなかったが突然起き上がり、怒った様子で針を投げた本人であろうクリスを睨む。

 「何て事すんだテメェッ!これ以上ハゲたらどーすんだコラァッ!」

 次の瞬間、毒龍の顔のすぐ横を、再び針が高速で通り過ぎる。

 「…それ以上銀に近付けば…次は眉間を狙いますよ…」

 「へ…へ〜い…」

 青褪めた毒龍は、スゴスゴと刀虎の側まで戻ろうとした、だが。

 「…なぁ〜んてな…」

 手が毒手に変化し、さらに強く握り込むと、手の表面の毒が雫となって手に溜まった。

 「食らえぃっ!俺様必殺っ!毒吹雪ぃっ!」

 その手を大きく振り、掌の毒を銀に向かって放つ。

 「銀さんっ!危ないっ!」

 「馬鹿っ!来るなっ!」

 危険を感じた桜は、銀を庇う為に誰よりも早く飛び出した。

 しかし向かって来た桜を、銀は即座に抱き締め、毒龍の毒に背を向ける。

 次の瞬間、銀の背や肩に、その毒の大半が付着した。

 「よっしゃあぁぁっ!毒吹雪命中ぅっ!これでテメェも…」

 「馬鹿者っ!」

 勝ち誇る毒龍の側頭部に、刀虎の拳骨が炸裂する。

 「おげぇっ!」

 錐揉みしながら地面に倒れる毒龍を余所に、刀虎は不機嫌な顔で今度は桜を睨む。

 「余計な真似を…こいつもこいつだが…貴様が銀に近付かねば、奴は容易に回避出来た…」

 「…へ?」

 一瞬何の事か解らなかったが、次第に事の重大さに桜も気付く。

 「そんな…それじゃ…わたし…」

 そんな桜を見た刀虎は何も言わず、今度は悲しそうな目で銀を見詰める。

 「…まだ…体が動く内に自分の命を断て…死より辛い思いをする前にな…」

 そう一言残し、刀虎はその場を去ろうと背を向ける。

 「帰るぞ毒龍、来い。」

 「…動けましぇ〜ん…」

 再び不機嫌な顔になった刀虎は、面倒そうに毒龍の髪を掴み、そのまま引き摺って行ってしまった。

 「いてっ!いてててててっ!抜けるううぅぅっ!」

 「嫌なら立って歩けっ!」

 

 「…銀さん…大丈夫ですか?」

 「あぁ…何とか…ゲホッ!」

 強気に答えるが、咳込むその口からは、まだ少量の血が吐き出されていた。

 「銀、送ろうか?」

 見兼ねたクリスがそう言うが、銀は片手を突き出しそれを拒否した。

 「ったく…今日こそぁタダメシ食えると思ったのによ…また今度呼べや…」

 そう言い残し、銀は三人に背を向けてしまう、足元も覚束ないまま。

 「銀さん!待って下さい!」

 桜は小走りに銀に向かい、よろめく体を小さな体で何とか支える。

 「クリスさん、銀さんはわたしが送りますから、知世ちゃんの事お願い出来ますか?」

 「勿論、僕がちゃんと送っておくよ。」

 それを聞いて一先ず安心した桜は、自分もよろめきながら銀を支え、その場を後にした。

 「…お…重い…」

 銀の体重は百キロ以上、桜の腕力では支える事も難しい。

 しかし桜は決して離さない、銀に対しての負目が、離す事を拒んでいた。

 「銀さん…ごめんなさい…」

 「…ん?…何謝る?」

 「だって…わたしのせいで…こんな…」

 敵の本来の目標は自分である事は、桜はしっかりと自覚していた。

 それ故に、自分を庇う為に闘い、その為に傷付いた銀に、申し訳無さを感じる。

 だが銀は鼻で笑い飛ばし、優しく桜の頭を撫でる。

 「俺が好きで勝手にやってる事だ、気にすんな。」

 そんな優しい言葉も、桜の胸を締め付けていた。

 「だって…わたしが銀さんに近付かなかったら…平気だったって…」

 「…あぁ…そ〜言やそ〜だったな…」

 銀の呟きを聞いた瞬間、桜の目頭に涙が溜まる。

 「ごめんなさい…本当に…ごめんなさい…」

 銀は、泣きながら謝る桜の頭を撫でながら、あくまで笑顔だった。

 「…お前だったな…俺が危ねぇ時、真っ先に来てくれたのはよ…」

 「…ほえ?」

 返って来た以外な言葉に、桜は困惑する。

 「ありがとよ…さくら…」

 (…銀さん…)

 

 「白金さん…大丈夫でしょうか?」

 「解らない、あの刀虎と言う男の言葉も気になる…」

 クリスは毒龍の毒手の事は既に銀から聞いていた、それ故に銀の身が気になっている。

 「ところで、あの愚龍と言う方は、あのままで宜しいのですか?」

 「平気だと思うよ…ロクに鍛えてない人間が銀に本気で殴られたら…まぁ暫くは目を覚まさないだろうし。」

 「…白金さん…とてもお強いのですね…」

 その言葉を聞いたクリスは空を見上げ、何か物思いに耽りながら、ゆっくりと話し始めた。

 「そんな事ないよ…僕は銀の弱い部分をいっぱい知ってる…」

 「お付き合いは、どれくらいですか?」

 「もう十年くらいになるかな…強がってるけど、誰よりも寂しがり屋で…」

 見上げるクリスの顔は、知世の目には優しく映る。

 「孤独に慣れてるんだけど…孤独は嫌いで…強く見えるけど…涙脆くて…」

 その優しい顔に、知世は今までも何度か感じた、一つの想いを感じ取った。

 「…クリスさん…白金さんの事…」

 不意に言葉を掛けられたクリスは、微笑みながら知世の方を向き、静かに囁く。

 「うん…好きだよ…」

 だがその微笑は、何処か寂しげに思える。

 「でもね…銀にはもう好きな人がいるんだ…僕なんて入り込む余地だ無いくらい…心から好きな人が…」

 知世は何も言わない。

 クリスの気持ちは、痛いくらいよく解る。

 「だからせめて応援くらいしてあげたいんだけどね…どうしていいか解らないんだ…僕は女性と付き合った事が無いからね…」

 「まぁ!?とてもそうは見えませんわ。」

 「…よく言われるよ…特に銀なんか大笑いしながらね…」

 

 一方、儀龍のマンションでは。

 「どう?まだ痛い?」

 「えっと…少し…」

 裸で奈緒子と抱き合いながら、優しくその身を案じていた。

 「はにゃ〜…いっぱい血が出てる…」

 「あっ!ごめんなさい、こんなに汚しちゃって。」

 そう言われ、儀龍はニッコリと微笑みながら、奈緒子をその胸に抱いた。

 「気にしない気にしない、それより奈緒子ちゃんの方が心配だよ、こんなに血が出ちゃって。」

 まだ儀龍が中に流し込んだ精液が毀れ出る秘部を手で擦り、耳元で小さく囁いていた。

 「…う…うぅ〜…」

 「…?…儀龍さん?」

 だが、時が経つに連れ、儀龍の目が再び発情した猫の様に細く変化する。

 「ああぁぁぁっ!やっぱ可愛いっ!我慢出来ないっ!もう一回っ!」

 「へっ!?きゃあっ!」

 奈緒子が儀龍に再び押し倒された瞬間、部屋の電話が鳴り出した。

 「あのっ!儀龍さんっ!電話が…」

 「そんなの関係にゃ〜いっ!奈緒子ちゃんが可愛いのが悪いんだぞぉっ!」

 「わたしのせいにしないで下さ…んっ!」

 奈緒子の言葉を唇で止め、儀龍は再度その体に手を伸ばす。

 だが電話は一向に止まらず、いい加減五月蝿い。

 「ああぁぁっ!もうっ!一体全体何処のどいつだファッキンッ!」

 妙にイラつきながら、仕方なく儀龍は受話器を手に取った。

 「もしもしっ!今取り込み中だから後にしてっ!」

 『やかましいっ!電話が鳴ったら即出ろっ!」

 「あれ?ダオちゃん?」

 『集合だ、とにかく例の場所へ早く来い、以上だ。』

 「うにゅ?集合?何で?」

 聞き返す言葉も終らない内に、速攻でその電話は切れてしまった。

 「んもぅ…せっかちだなぁ…」

 儀龍は仕方なく、外出の為に着替えを始めた。

 「ゴメンね奈緒子ちゃん、ちょっと出掛ける用事が出来ちゃって。」

 「はい、それじゃわたしもそろそろ…」

 ちょっと残念そうに、奈緒子も再び制服に着替えた。

 「どうしたの奈緒子ちゃん、もう一回したかった?」

 「いえっ!そうじゃなくてっ!」

 一瞬奈緒子は焦るが、今度は赤くなりながら小声で呟き始める。

 「門限までまだ時間がありますから…それまで…居たかったって…」

 部屋から出た後、また儀龍は奈緒子の唇に軽くキスをする。

 「また、いつでもおいで。」

 「…はい。」

 

 そしてここは、黄一族の隠れ家。

 「おまたぁ〜っ!」

 儀龍の声が響くその部屋には、既に黄本家の全員が集合していた。

 「わたしが最後かぁ〜…って…何してるの毒龍?」

 「はおぉぉっ!効くっ!目覚めるっ!目覚めるぅっ!」

 部屋の隅では、毒龍が命令を無視して桜を狙った罰として、足に重りを付けた状態で三角木馬に乗せられていた。

 そこに、三十代と思われる髪の薄い男が、毒龍に話し掛ける。

 「勝手な行動を起こしおって…反省してるか?」

 「ど〜もすんまそ〜ん。」

 「…重りを増やせ…」

 男の言葉に即座に反応した双子と思われる二人の男が、毒龍の足の重りを追加した。

 「にょほおおぉぉっ!あっ!何かちょっと気持ちイイかもっ!」

 「ぬんっ!」「げべぇっ!」

 叫びが増した直後、刀虎の蹴りが毒龍を三角木馬から蹴り落した。

 「五月蝿くて敵わんっ!降りてろっ!」

 「あぁ〜…ケツが痛ぇ…割れたかマジで…」

 「尻は元から割れとるわっ!」

 

 「…相変らず騒がしいな…お前達は…」

 突然だった、初老の男が彼等の居る部屋へと入って来た。

 それを見た刀虎以外の者達は、一斉にその男に向かい頭を下げる。

 「お帰りなさいませ!父上っ!」

 「ウム…全員、揃っているか?」

 初老の男は、周囲を見渡すなり、そう呟く。

 この男こそ、黄一族総帥であり、本家の者達の父親、黄 黒龍(ホァン フェイロン)。

 その黒龍の声に反応し、男達は次々に名乗を上げる。

 「黄一族本家が長兄、黄 法龍(ホァン ファロン)、ここに。」

 「次男愚龍、参上アルヨ。」

 「俺ならちゃんと居るぜ…」

 三男の毒龍は、面倒そうにただ答えた。

 「リチャード・ホァンこと、黄 爪龍。」「ミシェル・ホァンこと黄 牙龍。」

 名前だけ呟いた双子らしき二人が、今度は声を揃えて話す。

 「万事、神託のままに…」

 

 六男の刀虎は、何も言わずただ立っている。

 七男の儀龍も、退屈しているのだろうか、刀虎の隣でマニキュアを塗り直していた。

 「末弟、黄 小龍(ホァン シャオロン)、オレも居るよ。」

 最後にまだ桜達と変らぬ少年が、名乗を上げる。

 「黄家本家『八大龍』、ここに全員揃いましたっ!」

 先程の三十代程の男、法龍が先頭に立ち、初老の男にそう叫んだ。

 

 「…おっと…一人だけ…龍ではない者もいましたな…」

 そう言いながら法龍は、刀虎を横目で見下す様に見る。

 当の刀虎は何も言わず、ただ壁に背を預け立っているだけだった。

 「そう言うな法龍…それより、カードの保持者はまだ存命だろうな…」

 黒龍も刀虎には大して興味を示さず、本題に入ろうと話を始める。

 「はっ!我々の存在は既に知られている模様ですが…」

 「構わん…好都合だ…」

 そう呟くと、今度は全員に向かい、声を高らかに上げた。

 「聞け、我が息子達よ、貴様達を日本に呼んだ理由は一つ、我が後継者を決める為だ。」

 「…それで?…何で日本なんだよ…」

 毒龍が訳が解らないと言いいたげな顔をし、素っ気無く聞き返す。

 「クロウカードを奪う為…李の者達の中には、李ではなくクロウ・リードを崇拝している者も少なくはない…」

 「つまり、カードがオレ達の手に渡れば、李の戦力は半減するって寸法だよ。」

 今の今まで隅で黙っていた小龍が、毒龍に皮肉混じりに言い出した。

 「その通りだ小龍、だがそれだけではない、クロウの神話を信じる李以外の者達も、我が傘下へと取り込む事も不可能ではないのだ…」

 

 「それで父上、香港を出る前にも申された、あれが後継者を決める方法か…」

 「そう、クロウカードを手中に納めし者、それが我が後継者たる資格っ!」

 すると、黒龍の言葉を聞いた毒龍が、何やら不満そうに横から口を挟む。

 「でもよぉ…俺は何度かちょっかい出したから解るけど、ちょっと簡単過ぎじゃねぇか?」

 「そう思うだろう、だが、それだけではない…条件はもう一つ有る…」

 全員が初めて聞く、もう一つの条件の存在。

 「クロウカードの所有者は、報告では女だったそうだな…」

 「あぁ、まだガキだったけどよ…」

 「そうか…なら殺す事は罷り成らん、生かして捕えよ。」

 突然の事に一同困惑するが、逸早く法龍は聞き返す。

 「何故?生かす必要が御ありか?」

 「無論だ…聞けばその娘…あのクロウ・リード以上の魔力の持ち主だと言うではないか、なら行う事は一つ。」

 そう言うと、黒龍の顔が満面の笑みに染まる。

 「次なる世代の母体とするのだ、そうして我等は強き者を後世に残してきたのだからな。」

 

 話を終えた黒龍は、踵を返し部屋を後にする。

 「たった今より試練は始める、部下を必要とする者は現地で集めよ、吉報を待つ。」

 そして黒龍がドアの前に立つと、その前に一人の黒いフードマントで全身を覆った男が、黒龍を出迎える。

 その全身黒尽くめの男は、フードの隙間から見える皺だらけの顔から、かなりの老齢である事が感じられた。

 「待たせたな梟(シャオ)、首尾はどうだ。」

 「…は…クロウは既にイギリスを経った様子…こちらに向っている可能性が高いと思われます…」

 二人の話を聞いた瞬間、数名が驚きの表情をし、二人に向き直る。

 「クロウッ!?クロウがまだ生きているのですかっ!?」

 「生きているとも、正確にはクロウ・リード本人ではないがな…」

 だが疑問が浮ぶ、正面の梟と呼ばれた男、今まで誰も見た事が無い。

 「父上…その者は…」

 「この男か…名は梟、我を導きし預言者よ。」

 紹介をされた梟は、周囲の者達に向かい、ただ小さく会釈するだけだった。

 「お前達はカードの奪取に専念しろ、クロウは我が何とかしよう…黄一族総帥、最後の仕事としてな…」

 その言葉を最後に、黒龍はその場から去る。

 「では…私も早速準備に取掛かるか…」

 「オレは今日は寝るよ、急いでももう時間が時間だしね…」

 そう言い残し、法龍と小龍はその場を後にした。

 

 (…梟…あの男…まさかな…)

 「どったの毒龍?似合わないシリアス顔して。」

 何やら考え事をしている毒龍の横から、儀龍は珍しい物を見る様に覗き込む。

 「いや…ちょっとな…ってコラッ!似合わんって何だっ!」

 「だって似合わないんだもんっ!そう思うでしょダオちゃん?」

 儀龍が刀虎に話を振る、が、刀虎の姿は既に無かった。

 「あれ?ダオちゃん?」

 「…何か外で震脚(踏み込み)の音が聞こえんだけど…」

 「…もう練習再開してるし…」

 そう、刀虎は黒龍達が部屋を出た直後に、既に一番先に部屋を出ていた。

 (銀…このまま…決着を付けられぬまま終るのか…)

 一人、秋の寒空の中、黙々と修練を続けるその背中には、心成しか寂しさが感じられる。

 「ダオちゃん…何イライラしてるの?」

 追ってきた儀龍の言葉にも何の反応も無く、ただ修行に没頭していた。

 「…いつもそうだよね…強くなる事に一生懸命で…」

 そう一言呟くと、儀龍は自分のマンションに帰ろうとする。

 「でもね…そんなダオちゃん…わたしは好きだよ。」

 

 「さてと…俺はど〜すっかな…刀虎は多分遊んでくんねぇだろうし…」

 毒龍はボヤきながら部屋を出る。

 だが、その目前にリチャードとミシェルの二人が、毒龍の行く手を阻んだ。

 「毒龍。」「何故刀虎に荷担する?」

 「あん?俺の勝手だろ、そこ退けよ…」

 凄む毒龍を意に介さず、二人はその場に立ち続ける。

 「あんな落ち毀れ。」「取り入る価値があるのか?」

 「うるせぇなぁっ!交互に喋るんじゃねぇよっ!気持ち悪いっ!」

 いきり立った毒龍は、二人の間に強引に割って入り、そのまま通り過ぎる。

 「一言言っといてやる、俺は総帥の座に着く事なんざ考えちゃいねぇ、俺は何時だってナンバー2よ。」

 毒龍が去った後、残された二人は再び揃って口を開く。

 「馬鹿が…あの落ち毀れが…」「総帥になどなれる筈が無いだろう…」

 

 その頃。

 「銀さん…顔色悪いけど…大丈夫ですか?」

 「あぁ…暫く休みゃ治るだろ…」

 木之本家の前まで到着した後、銀は一人でアパートへと向おうとする。

 「うおっ!?」

 だが、途中で力が抜けた様に、その場に膝を着いてしまった。

 「銀さんっ!?やっぱりお家まで送りますっ!」

 桜は銀に走り寄る、が、銀はそれを片手を上げて制した。

 「大丈夫だから早く帰んな…親御さんが心配するぜ…」

 「…銀さん…」

 心配そうに眺める桜を残し、銀は自分のアパートへと到着する。

 階段を上がる足が妙に力無い。

 その後自室のドアを開けると、中からスピネルの声が聞こえて来た。

 「お帰りなさい銀、遅かったですね。」

 だが銀は何も答えず、無言のまま部屋に上がる。

 そして、ドアを閉めた瞬間。

 「ぐっ…があああぁぁぁぁっ!」

 突如、部屋の中に銀の悲鳴が木霊した。

 「銀っ!?どうしましたっ!?」

 そのまま床に倒れ込み、のた打ち回りながら叫び続けている。

 「ぐおおぉっ!ふぐっ!ぐああぁぁぁっ!」

 尋常ではない苦しみ方に、スピネルは驚きの表情を隠せない。

 「銀っ!しっかりして下さいっ!銀っ!」

 声が届いているのか解らない。

 時には体中を掻き毟り、時には頭を押さえ込み、ただ叫び続けていた。

 (…まだ…体が動く内に自分の命を断て…)

 そんな中、銀の脳裏に刀虎の言葉が蘇る。

 

 (…死より辛い思いをする前にな…)

 

 

 


解説

 遂に動き出す新たな敵達!

 そんな時だってぇ〜のに!主人公は大ピンチ!

 これからど〜なるさくらちゃん!敵は今度は本気だぞ!

 

 さて、よいよ全員登場しました黄一族本家!

 お馴染みの野郎からまだ名前だけしか出てない奴まで、全てクセ者揃い!

 とりあえず、今回新たに登場した奴の紹介ね、今回も多いなぁ…

 

 黄一族現総帥 黄 黒龍(声優イメージ:郷里 大輔)

 彼こそ黄のお父さん、みんな彼の息子なのだ。

 カードを狙う理由は判明したけど、何で李一族を狙うのかはまだ不明だ!

 

 次に長男 黄 法龍(声優イメージ:青野 武)

 長男だけあってかなり偉そう、実力はまだ不明。

 何故か刀虎を毛嫌いしている。

 

 さらに双子の兄弟、リチャード&ミシェル(両声優イメージ:古川 登志夫)

 何をするにも二人一緒、ある意味珍しくチームワークの存在する男。

 本名は中国名だが、彼等だけ好んで英名を使っている。

 

 そして黄の末子、黄 小龍(声優イメージ:山口 勝平)

 年齢は桜達と変り無いが、その戦闘経験は恐らく遥に上。

 また少年ながらかなり残忍な性格、その残虐性は黄一族随一とも言われている。

 

 さて、毎度お馴染み、今回のタイトルテーマのコーナーいってみましょう。

 今回は悩み悩んだ挙句、L'arc-en-Cielの『Buttefly's Sleep』に決定!

 こーいったシリアス一辺倒の話だと…ど〜してもラルクに頼ってまう…

 


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