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螺旋…読子の事情(後)
甲斐/文


 一方、部屋の前までやって来た読子は――

 

 

 「……うぅ、鍵かかってます…」

 

 

 ――実に正攻法にドアを開けて内部に侵入しようと試み、鍵に阻まれていた。

 

 彼女は、コートの内側から一枚の紙を取り出してドアの隙間に差し入れ、一気に下まで振り抜いた。

 すると、カシュッ!と小さな音を立てて、見事に鍵が両断される。

 ただの紙だ。

 だが、読子が振るえば、それは鋼鉄をも断ち切る刃と化す。

 紙を自由自在に操る…それが『ザ・ペーパー』の唯一にして絶対の能力だ。

 

 「失礼しま〜す…」

 

 小声で挨拶しながら、部屋の中に入る。

 そして、奥の方から聞こえる微かな水音のような物と、人の息づかいに、彼女は身を固くした。

 

 「そっ、そういえば、ジョージ(仮名)さんは、お部屋から出てないってジョーカーさん言ってましたっけ…」

 

 そういう重要な事を、うっかり忘れてないで欲しいものである…

 

 ともかく彼女は、スパイ映画よろしく壁に張り付き(その姿は、まるで磔にされたカエルの様に無様だったが…)、

 そ〜っと次の部屋を窺う。

 

 まずソファとテーブルが視界に入る。

 ソファには黒髪の男が座っていて、男の股間に顔を埋めるようにして、裸の女性が跪いていた。

 

 一瞬戸惑い、そして状況を理解すると、読子は見る見るうちに真っ赤に染まった。

 彼女とて、もう25歳。かつては恋人も居たし、彼に同じ行為をしてあげた経験もあるので間違いようもなかった。

 

 (あうぅ〜!え、えっちしてます〜!)

 

 まさか、本を回収に来て、他人の濡れ場に踏み込んでしまうとは考えてもおらず、読子は大いに困惑した。

 そして、ふと頭を上げた男と、ばっちり視線を合わせてしまう。

 

 「…おや?」

 「あ、あの〜、いやそのぉ、えーと…お、お取り込み中失礼いたしましたぁっ!」

 

 愛想笑いを浮かべて後ずさると、読子は、ばたばたと大慌てで部屋を飛び出していった。

 その様子に、男――修芳は、クック、と喉の奥で笑った。

 

 

 

 一方。

 外の車の中で読子の様子を監視していたジョーカーは、きっちりとセットされた頭を、思い切りハンドルに突っ込ませていた。

 それでも、撫でつけられた金髪には一本の乱れもない。

 英国紳士たる者、いついかなる時でも身だしなみには隙を見せないのだ。

 

 「〜〜っ!」

 

 彼は不屈の闘志で顔を上げると、持ち前の器用さを存分に発揮し、通信機に向かって小声で怒鳴りつけるという芸を

 披露して見せる。

 

 「何をやってるんです貴女はッ! ターゲットを目の前にして逃げ出してくるエージェントが何処にいますかッ!!」

 『で、でも…』

 「でもじゃありません!直ちに魔書を確保してきなさいザ・ペーパーッ!!」

 『は、はいぃ〜っ!』

 「まったく…」

 

 肉体的にも精神的にも痛む頭を押さえつつ、ジョーカーはアンティーク電話の受話器を模した携帯電話を取り出す。

 

 「…ドレイク、そちらの方はいかがですか?」

 『あん?いつでも突入できる準備は整ってるがな…』

 

 野太い男の声が、不機嫌そうに応える。

 

 『整っちゃあいるが…おいジョーカー!俺の仕事はまたアイツの尻拭いか!?…いつもいつもこんな役ばかり押しつけ

 やがって、呪われろ大英図書館!』

 「まあまあ、女性の尻を拭えるなど、男冥利に尽きるじゃありませんか?」

 『そんなもん、娘のおむつ替えだけで十分だ!拭いたいなら自分でやれ!大体だな…』

 

 なおも文句を言い続けるドレイクとの通信をうち切って、アパートに視線を向ける。

 本人は大いに嫌がるだろうが、今ジョーカーの持ち駒で読子と組める人材は、腕利きの傭兵、ドレイク=アンダーソン

 以外には居ないのだ。

 

 「……ちゃんとやって下さいよ、ザ・ペーパー」

 

 神でも紙でも、どっちでもいいから祈りたいジョーカーだった。

 

 

 

 

 

 「あ、あの〜…」

 

 情けない表情で戻ってきた読子は、おずおずと部屋の中へ声を掛ける。

 

 彼は服をちゃんと着ていて、女の姿は…なかった。

 奥から水音がするところを見ると、シャワーでも浴びているのだろう。

 

 「やぁ、またいらしたんですか、可愛らしい泥棒さん?」

 

 ソファに座ったまま修芳は、意地悪そうな笑顔を浮かべて、そう声を掛ける。

 

 「うっ…す、すみません…」

 

 しゅんとしおれる読子。

 いくら大英図書館のエージェントでも、鍵を壊して不法侵入すれば100%犯罪だ。

 部屋主の前でしおれていないで、迅速に目標物を確保・撤収し、目撃者も含めて痕跡を抹消せねばならないのだが。

 そこで素直に謝りだしてしまう所が、良くも悪くも読子=リードマンという人物だった。

 

 「まあ、不正な来客は貴女だけではありませんでしたしね……それで?ご訪問の目的はなんです?」

 「あっ、はい、え、え〜とですね…」

 

 いきなり話を流された読子は慌てて、本題をへどもどと切り出す。

 

 泥棒と決めつけながら、わざわざ来意を問いただす修芳もいい加減根性曲がりだが、

 それに全然気付かずに答えようとする読子のボケっぷりも、相当のモノであった。

 

 「と、とにかく、こんな泥棒みたいに入って来ちゃってご免なさい…じ、実はですね、私達、あ、いえ私、その、ある本を…」

 「これですか?」

 

 そう言って修芳は、黒い表紙の本を取り出して顔の前にかざしてみせる。

 その本を見た瞬間、

 

 「それですっっ!!」

 

 普段のどんくささからは想像もつかないような瞬発力を発揮して、読子は本を手にしようと一気に動いた。

 

 「うわっと!」

 

 予想外の俊敏さに間一髪で本を保護すると、修芳は立ち上がって本を頭の上に掲げる。

 

 「あう〜っ!」

 

 本を手にしようと、ぴょんぴょん跳ねる読子。

 だが、元から身長差があるので届かない。

 

 修芳は、本を右に動かしてみる。

 

 「あう」

 

 読子も同じ方向に身体を傾ける。

 今度は左。

 

 「あうう」

 

 やっぱり同じ方向に身体を傾け、本を取ろうと手を伸ばす。

 左右にひょいひょいと振ると、読子はまるで餌をねだるアシカの様に、あうあうと身体を揺らした。

 

 

 ……立ちこめる濃厚なコメディの気配に、外の車の中でジョーカー、今度は後頭部をシートにめり込ませていた。

 

 

 

 

 

 「お願いです修芳さんっ!その本、私に譲って下さいっ!」

 

 お馬鹿なコントに疲れて、ソファに座り自己紹介(ジョージ(仮名)さんと呼ばれるのに、修芳が耐えられなかった

 らしい)を済ませた後、読子は単刀直入に切り出した。

 それに対して修芳は、

 

 「いいですよ。」

 

 と、あっさり応えた。

 

 「へ?で、でも…その本、通巻で三冊、それ自体は一冊しか現存してないんじゃ…それすらも噂でしかなかった超貴重

 な本じゃないんですか?」

 

 あまりにあっさりした了承に、読子は思わず訪ね返してしまう。

 まがりなりにも彼女は本のプロだ。真贋ぐらい一目見れば判る。

 

 「そうですね。まあ、他の人には貴重かもしれませんが、私には別に」

 「………もしかして、実は海賊版を作ってて、それで一発大儲けー!…とか…?」

 

 ぱーっ!と両手を大仰に拡げつつ、そんなことを言う読子。

 彼女の珍妙なリアクションに、修芳はクク、と喉の奥で笑いながら、

 

 「いえいえ、それなら海賊版などでなく、ちゃんとした本を書きますよ、私は。」

 「え?」

 「…もともと、この本を書いたのは………私、ですからね。」

 

 そういって、瞳に浮かべていた笑みを消し、読子を見つめる。

 急に圧力を増した視線に、読子のエージェントとしての部分が無意識に反応して、身体を緊張させた。

 

 

 

 通信機越しに流れ出たその台詞を聞いて、ジョーカーもめり込んでいた頭を引き戻し、

 アンティーク受話器型の携帯を取り出す。

 

 「ドレイク。私が指示したら、一気に突入して修芳という男を確保して下さい」

 『…生死は?』

 「問いません。」

 

 躊躇いもなく言い切った。

 

 

 

 視線の圧力に晒されながら、読子は疑問点を問いただす。

 

 「でも、この本の噂が流れ出したのは20年ぐらい前だって聞きました…修芳さんは、あの、私とそんなに変わらない

 ぐらいの年齢に見えますけど…」

 「ええ、この本が書かれたのは21年前…私が6歳の時書いた物です。」

 

 何かを懐かしむように本をかざしてみせる修芳。

 

 「6歳…ですか…そんな小さな頃から、こんな本を書いちゃうなんて、修芳さんってば…」

 

 なんとも神妙な顔つきで、読子は言った。

 

 

 「…ものすごーく、えっち、だったんですね?」

 

 

 ずる。

 大真面目で読子が言った台詞に、気怠げにソファに座っていた修芳の身体が滑る。

 そして、額に手を当ててうつむくと、クククククと、肩を揺らせて笑い始めた。

 

 「えっ、あ、あのっ!わ、私、またなんかおかしな事言っちゃいましたか?!」

 「クックク…いえいえ…クク、本当に変わった人だ、貴女は」

 

 目尻に溜まった涙を拭いながら、修芳はそう評する。

 

 「はぁ…あの、よくそう言われます…」

 

 にへら、と曖昧な笑みを浮かべて、何やら申し訳なさそうに読子が答える。

 修芳はソファに座り直すと、じぃっ…と読子の目を見つめながら言葉を繋いだ。

 

 「…ま、そんな貴女だからいいのですけどね…元々、この本は貴女に贈呈するつもりだったんですよ、読子さん。」

 「えっ?!…で、でも」

 「こうやってお会いするのは初めてですが、貴女のことは以前から知っていまして…ある大会に招待しようと、

 こうしてお呼びだてしてしまったわけですが…やり方が少々回りくどかった様ですね」

 「大会…ですか?」

 「ええ。…一つ、お聞きします読子さん。…もしまた、ドニー・ナカジマに会えるとしたら、貴女はどうしますか?」

 

 「?!」

 

 読子の身体が硬直する。

 

 

 

 ドニー・ナカジマ。

 先代のザ・ペーパーにして、読子の恋人だった男性だ。

 だが、彼は殺されてしまった。

 

 ――読子=リードマン自身の手で。

 

 詳しい事は闇の中だが、彼女がザ・ペーパーとなるため、自らの手で最愛の男性[ひと]を殺めたのは事実だ。

 そして、その事実は、彼女の心に生涯消えぬ傷となって残った。

 ドニーの事は、彼女にとって最大の弱点なのだ。

 

 

 

 「何…何でドニー…ドニーに会える…?…え…でも、でもドニーは…」

 「死んでいますよ」

 

 容赦のない一言に、彼女の身体がビクッ!と震える。

 

 「ですが、貴女がこの招待を受けるなら、また彼に会えるかも知れないのです。死んだ人間に、と思うでしょうが、

 『事実は小説よりも奇なり』などと言う言葉もあります…無論、私が嘘を付いているだけかも知れませんがね…さて、

 どうします、読子さん…?」

 

 「私…私は…」

 

 震える身体をぎゅっと両手で抱え込んで、読子は自問自答する。

 

 あの時より、彼の声を聞きたい、笑顔を見たい、と思わない日は一日だって無かった。

 死なせてしまった最愛の人にもう一度会いたいと願って、何がいけないのだろう?

 共に過ごしたかけがえのない日々を取り戻したいと願って、何が悪いと言うのだろう?

 

 自分で殺しておいて今更何を、と人は言うだろうが。

 

 …死んだ人間が生き返る、確かに、そんな事は現実にはあり得ない。

 

 けれどそれなら。

 自分の紙使いとしての能力も、本来あり得ない物ではないのか?

 

 もし…もし本当に彼に会えるなら、再び彼の腕に抱かれることが出来ると言うなら…

 

 自分は――

 

 

 

 『ザ・ペーパーッ!!』

 

 ジョーカーが通信機越しに声を張り上げる。

 だが、読子は反応しない。

 焦点の定まらない視線を泳がせて、自らの思いの内に沈み込んでしまっている。

 

 「…野暮はいただけませんね、ミスタジョーカー?」

 

 修芳が、読子の胸元から通信機を取り上げて言う。

 

 「花は愛でられてこそ輝く物。薄暗い本棚の裏に這いつくばった老人が、黴臭い本で押し花を造ろうなどと

 思い上がるな…そうジェントルマンにお伝えして下さい。…では失礼。」

 

 そう言って、通信機を踏みつぶした。

 

 

 

 「ッ!……ドレイクッ!!」

 

 通信機を車の床に叩きつけると、ジョーカーは、受話器型の携帯に向かって叫ぶ。

 次の瞬間、待機していた特殊工作部のエージェント達が、ドアや窓から一気に部屋へ雪崩れ込んで来た。

 

 「バカヤロウ!何呆けてやがるんだ!!」

 

 飛び込んできたドレイクが、読子の襟首を掴むと力任せに後ろに引きずり倒す。

 

 「はひっ?!…にゅわわわわ〜っ?!」

 

 急に引き倒された読子は、妙な叫び声を上げながら、ごろごろと壁際まで転がっていった。

 

 ドレイクは素早く読子をカバーする位置に動くと、手にした銃で修芳を撃つ。

 

 それに対し修芳は、テーブル下のマガジンラックから新聞紙を蹴り上げる。

 新聞は空中でバッと広がると、ドレイクの放った銃弾をことごとく受け止めた。

 

 その一刹那のやり取りの後、ドレイクと読子は、異口同音に叫んだ。

 

 「紙使い?!」

 「ご名答…と言いたいところですが、少々違います」

 

 修芳の右手には、いつの間にか白い表紙の本が開かれていた。タイトルは――『連蓮』。

 

 「変わった力を使えるのは、なにも貴方達だけではありませんでね…私はこの力を、写本[マニュスクリプト]と

 呼んでいますが。」

 

 銃弾を受け止めた新聞は、空中でばらけ、変形すると、何体もの不格好な紙人形と化し、

 一瞬動きを止めてしまったエージェント達に襲いかかる。

 

 「ふむ…やはり、写したての力では制御がいまいちですね…」

 

 いささか不満げに修芳が呟く。

 不細工な紙人形に邪魔されて、エージェントは修芳に近づくことが出来ない。

 広くもない部屋で避けようもなく、また、元が紙なので、銃で撃ってもナイフで切っても死んだり動きが鈍ったりする

 事もないのだ。

 

 その隙に修芳は、エージェント達が突き破った窓から、バルコニーへと移動していた。

 

 「まったく、もう少しゆっくり話をしていたかったのに…無粋なお客様方には、少々お灸を据えてあげないといけませんね!」

 

 修芳の瞳に、剣呑な光が宿る。

 

 「おのれっ!こんな紙一枚に!!」

 

 訓練を受けたプロフェッショナルの自分たちが、たかが新聞紙一枚に足止めされているという理不尽さに業を煮やした

 エージェントの一人が、強引に突破を試みる。

 その時、今までは牽制するだけだった紙人形の動きが変わった。

 薄っぺらい紙の腕を、ヒュゥッ!と振り回してエージェントに斬りつける。

 

 「! だ、ダメですっ!!」

 

 ただの紙でも、紙使いが能力を揮えば、鋼鉄をも切り裂く刃になるのだ。

 

 読子は、一挙動でコートから紙を引き抜くと、紙人形に向かって投擲する。

 紙は、勢いよく紙人形にぶつかると、その勢いのまま人形を壁に叩きつけた。

 そして、まるで粘着テープのように壁に張り付き、紙人形の動きを封じる。

 

 読子は間髪入れずに、紙をもう一枚、修芳に向かって投擲する。

 だがこれは、修芳の前に割り込んだ人形に防がれ、人形を壁に貼り付けるだけに終わった。

 

 「おっと、危うい危うい…では、この辺でお暇させて頂きましょうか。」

 

 そう言うと、もう一束の新聞をバルコニーの外に放り棄てる。

 ばらばらと落下して見えなくなった新聞は、次の瞬間には、大きな紙製の鳥になって浮かび上がってきた。

 

 「読子さん、後日また改めて、返事をお伺いに参りますよ!…あぁそうそう、手ぶらで帰るのも悔しいでしょう、

 シャワールームに落ちてるモノは、ご自由にして下さって構いませんから!…それでは皆さん、ごきげんよう!」

 

 修芳はバルコニーの外の紙鳥に飛び乗り、嫌みったらしく優雅に一礼して見せると、紙鳥を駆って、大空へ飛び去っていった。

 

 「あっ!ま、待って!!」

 

 慌てて読子が追いかけようとすると、紙人形が行く手を阻む。

 壁に貼り付けた紙人形も、粘着紙を切り裂いて動き出していた。

 

 「んもうっ!邪魔しないで下さいっ!!」

 

 読子はコートの中から黒っぽい紙の束を引き抜くと、ジャッ!と擦り合わせて、人形共に叩きつけた。

 戦闘用紙27番『ブローン・アウェイ』。

 紙使いが能力を込めれば、僅かな熱で爆発する紙の爆弾だ。

 バォンッ!!っと言う爆音と共に、紙人形共が炎に包まれる。

 無論、狭い部屋でそんなことをすれば、エージェント達も無事ではすまない。

 爆炎を避けて床を転がり、慌てて待避する。

 

 それには見向きもせず、焼け崩れながらなお向かってくる人形をコートでうち払い、読子はバルコニーへと突き進む。

 

 そしてコートから大量の紙を引きずり出してばらまくと、紙は寄り集まり、折り重なって、

 あっという間に巨大な紙飛行機へと姿を変えた。

 

 「ドレイクさん、投げて下さい早くっ!!逃げられちゃいますっ!」

 「ええぃまたそれか!…熱ッ!あちちっ!クソッタレめ、全く無茶苦茶やりやがって!」

 

 悪態を付きつつ、ドレイクは燃える紙人形を踏みつぶして突進すると、読子の乗った紙飛行機を抱え上げ、

 修芳が消えていった方へ力任せに投げ飛ばした。

 

 能力を全開にして修芳を追う読子の紙飛行機は、あっと言う間に視界の外に消えていった。

 

 

 それを見送った後で、ドレイクは燃える紙人形を蹴り飛ばしシャワールームに入ると、ジョーカーに連絡をとる。

 

 

 『ドレイク!そちらの状況はどうなんです?!』

 「紙の鳥と、紙飛行機が飛んでいったのは見たか?」

 『……逃げられた、様ですね』

 「ああ、読子が追ってるが…飛んで行かれちゃ俺らにはもう、何も出来ん」

 

 携帯の向こうから、ジョーカーのため息が聞こえる。

 

 『読子が心配です。ドニーの事でかなり動転していましたから、間違いがあっては困ります。…発信器で位置は

 掴めていますので、直ちに向かって貰えますか?』

 「……今、このアパートは盛大に燃えさかろうとしてるんだが…それはどうする?」

 

 読子が燃やしていった紙人形の火は、既に壁や床に移り始めていた。

 すぐさま、微塵の躊躇いもないジョーカーの声が帰ってくる。

 

 『跡形もなく燃えてくれた方が、証拠隠滅の手間が省けます。』

 「OK…住民の避難等の手配はそっちでやれよ。それともう一つだ。…奴の艶本のかわりに、奴の艶女を

 手に入れたんだが、こっちはどうする?燃やしておくか?」

 「お願いぃ…もっと…もっとしてぇ…」

 

 ドレイクが視線を向けた先には、身悶えながら自らを慰める連蓮が、彼の足に縋り付いて甘くおねだりしていた。

 

 『…そちらはエージェントに回収させて、貴方は読子を追って下さい』

 

 どこか疲れたようなジョーカーの声だった。

 

 

 

 

 アパートから十数キロ離れた森の中。

 周りの木々をなぎ倒して、紙鳥と紙飛行機が墜落していた。

 

 「痛たたた……無茶苦茶しますね、読子さん…」

 

 髪に絡んだ小枝を棄てながら、修芳が呟く。

 

 凄まじいスピードで追ってきた読子の紙飛行機は、まだ連蓮の力を使いこなしていない修芳の紙鳥に激突して、

 もろとも森に墜落したのだ。

 

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

 能力を全開にしてきた読子は、乱れる呼吸を必死に整えていた。

 修芳は、服に付いた埃を払い、いつもの皮肉げな笑みを浮かべると、

 

 「さて読子さん…ココまで私を追ってきた理由[わけ]は、大英図書館特殊工作部の任務だからですか?…

 それとも、貴女自身の意志で、ですか?」

 

 そう質問する。

 

 「私の…私自身の、意志で、です…」

 

 呼吸をどうにか落ち着かせて、読子が応える。

 

 「では…大会に参加…少なくとも興味は持って貰えたわけですね」

 

 満足そうに修芳は言った。

 

 「その、大会っていうのは何なんですか?…どうしてド、ドニー…に会えるって…」

 「螺旋、と、ただ一言呼ばれている大会なのですがね…」

 

 修芳は、ゆっくりと読子の前にやってくると、言葉を繋ぐ。

 

 「概要は至ってシンプルです。力ある選手達が最後の一人になるまで戦い、残った者が全てを得、敗れた者には

 ペナルティが待っている…ただそれだけ。」

 「螺旋…」

 

 何かを噛みしめるように読子が呟く。

 

 「勝ち残れれば、全ての望みを叶えられる……そう、死者の復活ですら容易いと、『彼』は請け負ってくれました」

 「…………。」

 「無論、敗れれば…死よりも辛い目に遭うかも知れませんが…」

 

 「本当に…」

 

 読子が、喉から言葉を絞り出す。

 

 「勝てば本当に…本当にドニーが戻って来るんですね?」

 

 「…お約束します。」

 

 真面目な調子で修芳が請け合う。

 それを聞いた読子の瞳に、強い決意が宿る。

 

 「…………わかりました。…私、その大会に、参加します…!」

 

 修芳の顔に深い笑みが、押さえきれない毒を滲ませた笑みが広がる。

 蛇はついに、イヴにリンゴを囓らせたのだ。

 

 「では、決意の鈍らぬ内に行きましょうか、読子さん…ここでは無いどこか…螺旋の中の島へ!」

 「あっ!ちょ、ちょっと待って下さいっ!」

 

 読子の急な制止に、気取って身を翻した修芳の体が、かくん、と傾ぐ。

 

 「な…なんですか、読子さん…?」

 「本っ!私の本っ!!…慌てて追ってきたから、私のケースを置いて来ちゃいました!…あうぅ…まだ読みかけの新刊

 が、菫川先生の最新作が〜っ!……あ…あの…取りに帰ってもいいですか…?」

 

 涙目の上目遣いで懇願する読子。

 

 その読子の様子に、修芳は苦笑を漏らすと、

 

 「安心して下さい、向こうに着いたら貴女の望むままに本が読めますよ!…この世の全ての本…それどころか、

 この世に有らざる本、書かれる筈だった本、ありとあらゆる書という書が!……例えば、これなど」

 

 そう言って修芳が右手を振ると、手の中に一冊の文庫本が現れる。

 それを受け取った読子は、ゆっくりとタイトルを確認する。

 

 「えっと…隆 慶一郎著『花と火の帝』…の、完結編?!そ、そんな、あるわけが!!」

 

 隆慶一郎…時代小説家で、数々の名著を世に残したが、たった5年で急逝してしまった不世出の天才だ。

 彼の未完となってしまった著書の数々は、世の読書家達を大いに嘆かせたものである。

 『一夢庵風流記』などは、『花の慶次』のタイトルで漫画化されたこともあるので、知っている人も多いだろう。

 

 「確かに希代の天才作家、隆氏は、幾つものシリーズを完成させる事無く夭逝されてしまいました…それは『書かれな

 かった本』…本来書かれる筈だった、世に生まれ出る事が叶わなかった本…貴女が望むなら、その様な本…も…?」

 

 思わず口を噤む修芳。

 

 読子は――全く聞いていなかった。

 手にした文庫本に、目をキラキラと輝かせながら没頭している。

 愛書狂[ビブリオマニア]に、この様なごちそうを与えたらこうなるに決まっている…よだれを垂らさないだけいつも

 よりましと言うモノだろう。

 

 「クク、それでこそ読子=リードマンといった所ですか……こちらはいいですよ、『喚んで』下さい不知火君!」

 

 喉の奥で笑う修芳と、しゃがみ込んで本のページを繰る読子の姿が、揺らぎ、そして消える。

 ……森を駆け抜ける風に、紙鳥と紙飛行機がばらけ、無数の紙片となって舞い散っていった。

 

 

 そしてこの日――

 大英図書館と中国読仙社は共に、チェスの盤上から、クイーンと言う大駒を失った。

 

 終

 


解説

 えー、皆様初めまして、甲斐と申す者でございます。

 この度は、私の書いた駄文におつきあい下さり、まことに有り難うございます。

 『まったくその通りね!』

 うわ!菫川ねねね先生?!

 『R.O.D…しかも小説版ネタで書いておきながら、この私が出てないなんて…グ○フィンドールは50点減点!』

 ひぃぃ!マ○フォイ氏に罵られる〜…って、それは「ハ○ー・ポッ○ー」じゃないですか!

 『あのぐらい面白い話書いてみんさいよ、うりうり』

 うぐぅ…あんな世界的名著と比較するなよぅ…

 そ、それで、どうでしたでしょうか…?

 『うぐぅ言うな! そうねぇ……「ハ、ヌルいワ!」って感じ?』

 あうーっ!わざわざ西村知道さんの声色で!

 『あうーも言うなっての!…大体何よ、あのとってつけたようなHシーンは!後半にはHすらないし!

 アンタ萌えが足んないのよ、萌えが!』

 すいませんすいません!エッチなの書くの初めてで…つーか、まともに小説書くのってコレが始めてで!

 一応解説いたしますと、連蓮[りんりー]さんってのは、小説の4巻に出てきた読仙社の紅一点で、

 殆ど活躍しないまま、トマトペーストにされて死んだ可哀想な人です。

 あんまり可哀想なんで、やられ役として登場していただきました。

 『こっちの方が悲惨な気もするけど…次はもちろん、この菫川ねねねの大活躍を書くっしょ?!』

 えっちなので良いんですか?まだ処女のくせに…やっぱ次はハー○イオニーのグッドなお勉強を…

 『○リー・○ッターやったら絶対捕まるって!…スリザ○ンに20点、グリフィン○−ルは更に50点減点!』

 ひーっ!スミマセンスミマセン!マク○ナガル先生!

 『全く……じゃっ、こんな所まで読んでくれた皆さん、どーもありがとー!』

 それではまた、皆様にお会いできますよう頑張ります!

 ああ…隆慶一郎先生の新刊…私も読みたいよ(;

 


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