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灰とダイアモンド
秋山道夫/文


  ざくり、と。

  白銀の刃が胸を刺し貫き。

  灼けつくような激痛と、凍てつくような喪失感が。

  タランテラから──毒蜘蛛の名をいただく彼女から、命の息吹きを奪い去っていく。

 「……ジ…ジル様、な…ぜ?」

  このえぐられた痛みは、

  この流れ出る血潮は。

  疑いようもない真実のもの。

  けれど、彼女の涙に濡れた瞳は。

  その胸に刃を突き立てた当の相手を、ただただ茫然と見つめるばかりで。

 「…なぜ、私…を……?」

  信じられない。

  信じたくない。

  ──なぜ私を殺すのですか?

  貴女のためだけに働き、

  貴女のためだけに忠誠を誓い、

  貴女のためだけに生きるこの私を?

  こんなにも貴女を愛している私を──!?

  この痛み、この胸の痛みは。決して傷のせいなどではない。

  これは──私の心の悲鳴。

  報われぬ想いに、報われた裏切り。

  心が切り裂かれてしまった──痛みだ。

  しかし、そんな想いさえ嘲笑うかのように。

 「なにを泣く? 本望だろう。愛しい想い人の手にかかって息絶えるのだから…」

  その身に深紅をまとった凄艶な美女が、

  蝙蝠の翼にも似た仮面越しに妖しく微笑む。

  豊かに波打つ黄金色の髪に、蒼く輝く切れ長な瞳。

  豹を思わせるしなやかな肢体と、心を魅入らせずにはおかない紅い唇。

  それは、まぎれもなくあの方、シスター・ジル様のもの。

  ──いや、違う!

  こいつはジル様ではない!

  私の、私の愛するジル様では──!!

 「…貴様…いったい……!?」

  だが、その答えを待つまでもなく。

  愛しい人の声と顔を持つ女が、

  朱く染まった瞳の中でかすみはじめる。

  そして哀れなタランテラの意識は、

  暗くまばゆい記憶の深淵へと墜ちていった。

 

                  *

 

  熱くたちこめる甘い薫りと、

  かすかに聞こえる衣ずれの響き。

 「…あ…ああっ…あ、ああっ……!」

  感極まって絹を裂く娘の声に、

 「…お、お願いっ…ジル様、私っ……!!」

  その唇をふさぐもうひとつの唇。

  きつく抱きしめた腕が。

  背中に這わされた指が。

  優しく、それでいて激しく。

  娘を絶頂へと昇りつめさせる。

  そして静けさは不意に訪れ、

  あとにはただ荒げた吐息だけが残って──。

 「……ジル様?」

  けだるくシーツにくるまったまま、

  歓喜の余韻に潤んでいた瞳が。

  たった今まで側にいた女の背中を追う。

  一糸もまとわず窓辺にたたずみ、

  豊かな黄金色の髪をなびかせたその後姿は。

  妖しく凄艶な色香を帯びている。

  蝙蝠を思わせる紫紺の仮面も、

  深紅の衣装もまとわぬその姿を。

  タランテラは、心から美しいと思った。

  この麗しい姿を見つめられるのは、

  このかぐわしい素肌に触れられるのは。

  組織の中でも──私だけに与えられた特権。

  私だけが──その愛を一人占めできる。

  そう思い、そして誇りにしてきた。

  そう、あいつが現れるまでは──。

 「ジル様……」

  胸が重く鈍い痛みを訴える。

  毒蜘蛛の精を授けられたこの躰が、

  あらゆる毒を思いのままに操るこの胸が。

  密かな毒に灼かれ、焦がされていく。

  嫉妬という名のあさましい毒に。

  ──ジル様、いったい貴女は。

  その窓辺の向こう側に、

  星もまたたかぬ闇空の彼方に。

  誰の面影を見つめているのですか──?

 

                  *

 

  ウニャ・デ・パンテーラ。

  もっとも近頃は、パンサー・クローという呼び名の方が通りがいい。

  ──いずれにしろ、かまうものか。

  そんなものは人々が勝手に呼んだ名だ。

  正体不明の──謎の犯罪結社として。

  仮面もつけず素顔のままで、

  シスター・ジルは薄笑いをもらす。

  実際、人々はなにも気づいていない──。

  彼らは知っているのだろうか? 

  不滅の輝きを放つダイアモンドは、

  母なる大地が数十億年の歳月をかけて産み落とす、かけがえのない宝玉。

  けれど非情な炎は、そのダイアモンドさえも灼きつくし、灰に変えてしまう。

  いったい過去、

  どれほどの美術品が、

  どれほどの魂の精華が。

  無惨に灰とされてきた事か。

  いったいどれほどの美しいものが、

 我らの前から喪しなわれてしまった事か。

  そう、あのピサロ達コンキスタドーレスどもが、

 美しかったゾラ様の都を灰にして以来。

  ──そして、我らは誓った。

  彼らが灼くのであれば我らが守る、と。

  だからこの数百年というもの、

  野卑な赤軍からロマノフ家の秘宝を隠し、

 ヒトラーの手先からルーブルの至宝を奪い。

  母なる大地の、母なる歴史の産み落としてきたあらゆる美しいものを、

  この胸に抱いて慈しんできたのだ。

  その自負の微笑みに、

  思わず、壁から裸のマハが微笑み返す。

  壁一面にかかげられた、

  ヴェラスケス、ゴヤ、ドラクロア……。

  無論、すべて本物だ。

  プラドやエルミタージュならいざ知らず、

  シスター・ジルともあろう者の居室を、

  贋作ごときが飾る事は許されない。

  ──では、如月ハニー。

  いや、キューティーハニーは?

  あの如月博士が造りあげた神の奇跡。

  光ファイバーの瞳に、高分子被膜の柔肌。

  なんのためらいもなしに敵を屠り、

  誰の力をも借りず永劫を生きる。

  我らに歯向かう、紅蓮の髪の殺戮者。

  機械仕掛けの死の天使。

  奴も…いや、奴こそが、最上にして至高の芸術品なのではないかしら──?

 「……欲しい」

  ふと、愛しげにつぶやきがこぼれ。

  その切れ長な瞳が妖しい輝きを帯びる。

  ──奴を手に入れ、ここに飾りつければ。

  さぞかし、美しい彫像となる事だろう。

  そう、あの細い首には銀の鎖がよく似合う。

  そして、額には本物のアフリカの星を。

  英国王冠など、まがい物でちょうどいい。

  それとも首と両腕を切り落とし、サモトラケのニケにでも仕立てようか。

  ルーブルにくれてやった模造品より、よほど気がきいているというものだ──。

 

                  *

 

 「──ジル様!」

  タランテラの呼びかけが、

  不意にジルを物思いから引き戻す。

  ゆっくりと振り返り。

 「どうしたというんだい、タランテラ?」

  不興さを隠さずにっこりと微笑む。

  魂さえ凍りつく――微笑だった。

 「いったい誰が、私の思案を邪魔していいと、おまえに許したんだろうねえ?」

  困った事だ──といわんばかりに、

  紅い唇からかすかに牙がのぞく。

  この美しい牙で、これまで何人の不心得者がみずからの愚かしさを思い知らされた事か。

  その一人一人の顔を、タランテラは今でもまざまざと思い出せる。

  忘れようにも忘れられない死に顔だった。

  だが、それすら厭う事なく。

 「差し出がましい口をお許し下さい、ジル様。ですが、ジル様のお心を悩ましている元凶は、

 あのハニーめではございませんか?」

  そう、迷いを断ち切るようにいい放つ。

  唇は固く噛みしめられ、

  頬は口惜しさで紅く染まり、

  握った拳はかすかに震えている。

  そんな様子をさも面白そうに見つめ。

 「…だとしたら、どうする? もしそうだとして、いったいどうしたいんだい?」

  その細く長い指で、蜘蛛の精を授けられた娘の華奢な顎をすくう。

 「いってごらん、私の可愛い妹。おまえなら、あの憎いハニーをどうしてくれるんだい?」

  耳元でくすぐるようにささやいて。

 「いいかい、タランテラ。これまでにも多くの者がハニーに挑み、そして敗れた。不甲斐ない事さ。

 けれどその中にはね、おまえより強い者も大勢いたんだよ。なのに、おまえにどんな勝算があると

 いうんだい?」

  からかうように、冷やかすように。

  シーツをまとっただけのタランテラの躰を、白く細い指が愛しげにまさぐる。

  心配だなどとは、口が裂けてもいえない。

  いつまでも自分の側にいろ──とも。

  上に立つ者としては当然の事だ。

 「ハニーには、もっと強い者を差し向けよう。なんなら、私が直々に出向くのも面白そうだ。

 おまえには、もっと他にしてもらわなければならない事があるんだよ、タランテラ…」

  そう、たとえば──私の側で仕える事。

  そんなジルの心を知ってか知らずか。

 「お言葉ですが、勝算はございます。必ずやハニーを倒し、ジル様に献上してご覧にいれましょう」

  と、その言葉も終わらぬうち。

  掌から銀のきらめきがほとばしり。

  次の瞬間、〇・〇一ミクロンにも満たない単分子結晶繊維の蜘蛛の糸が、

 壁際に飾った彫像をからめとる。

 「よろしいですね?」

  そういって念を押しながら、

  ジルがうなずくやいなや。

  マイヨールの地中海は粉々に砕け散った!

 「…たいしたものだ。もっとも、横のピエタを狙おうものなら、おまえもただではすまなかった

 ところだけれどね」

 「ご心配にはおよびません。ジル様のお好みは、重々心得ておりますから…」

  ──そう、貴女の好みであればなにもかも知りつくしている。

  だから、わかる。

  だからこそ、妬ましい。

  貴女がどれほどあいつに執心しているのかまでも、わかるから──。

  でも、決して悟られてはいけない。

 「お任せ願えますね、ジル様?」

  嫉妬を忠誠で覆い隠し、

  憎悪を使命で包みこむ。

  ──どうか私にお命じ下さい、ジル様。

  あいつを倒せと。

  あいつを殺せと。

  貴女が命じてさえ下されば、

  私は七枚のベールをまとって踊ったサロメのように、

  銀の盆にあいつの美しい首を載せ、貴女に捧げましょう──。

  その瞳に燃える決意の輝きに、

  そっと瞼を閉じて整った眉をくもらし。

  なにもかもお見通し──といわんばかりに。

 「いいでしょう、タランテラ。おまえがそこまでいうなら、私も止めやしない。でもね、

 これだけは覚えておいき。おまえにあって奴にはないものがある。もしかしたら、

 それが命取りとなるかも知れないのだから……」

  そう、つとめて平静を装って告げる。

  冷静で冷酷な──シスター・ジルとして。

  今まで何人、こうして可愛い妹達を死地に送り出した事だろう。

  そして何人、奴の手にかかった無言の骸を抱きしめた事だろう。

  仮面をつけていなければ──私の涙はとうに枯れ果てていたかも知れない。

 「お任せを。策に抜かりはございません…」

  いうが早いか、シーツがはらりと落ち。

  タランテラの姿が闇に消える。

  ただ一人部屋にとり残され。

  ジルは静かに仮面をとりあげ、

  そっと顔にあててみる。

  この仮面をつけた瞬間から、ジルは冷静で冷酷な司令官の顔に戻らなければならない。

  血も涙もない──シスター・ジルに。

 「…馬鹿な…子……」

  その瞳に光るものが涙であるなど、

  決して許される事ではなかったのである。

 

                  *

 

 「──あ! あぐううっ!!」

  不意に、激痛でタランテラは我に返った。

  では、今まで気を失っていたのか?

  ここは!? それに、あいつは!?

  いったい私は、どうしてしまったんだ!?

  策は万全だった。

  幾重にも罠を仕掛け、

  周到に網を張りめぐらし。

  あと一歩まであいつを追いつめた。

  ハニーを──私から愛を奪った憎い女を!

  そして、ついに仕留めたと思ったその時、

  爆炎にまぎれて一瞬あいつの姿が消え。

  そして、ジル様が……。

 「…やっとお目覚めのようね、お寝坊さん」

  ──ジル様!?

  目の前に立っているのは、

  まぎれもなくシスター・ジル。

  誰よりも麗しく、誰よりも愛しい。

  私の愛する、ただ一人の方──。

  けれど、その愛すべき人は。

 「だらしないわね、急所は外してあげたのに。あなたには色々と訊きたい事もあるんだから、

 もう少しは愉しませてくれなくちゃ…」

  そう、残忍なまなざしで嘲笑うばかり。

  それも愛しい人の顔で──愛しい人の声で。

 「──き、貴様っ!!」

  思わず痛みも忘れ飛びかかろうとする躰が、

  がくんと崩れ、なにかに戒められる。

 「こ…これ、は──!?」

  見れば両手両足は、

  銀のきらめきにからめとられ。

  指一本たりと思いのままにならない。

 「無駄よ。その蜘蛛の糸の威力は、あなたが一番よく知っているはずじゃなかったの?」

  ジルの姿をした女が妖しく微笑む。

 「でも面白い分子式よね。試しに造ってみたけど、案外むずかしかったわ…」

  くつくつと笑いをもらすその声、

  無邪気な──それでいて無慈悲なその声は。

  すでに、ジルのものではなかった。

 「誰だ! 貴様いったい何者だ!? ジル様の声で、ジル様の顔で、ジル様の姿で

 ──私をたぶらかして!!」

  怒りと悔しさに涙が止まらない。

  傷つき、戒められたからではない。

  ジル様を騙る者に欺かれた──からだ。

 「…ふ、ふふ、ふふふふふ……」

  だが、そんなタランテラの憤りすら、さも心地よいといわんばかりに。

 「その恋心に免じて教えてやろう。ある時は如月ハニー、そしてまたある時はシスター・ジル、

 しかしてその実体は──!!」

  瞬間、輝きがほとばしり。すべてが光の渦に飲みこまれ。

  見る間にシスター・ジルであった者の姿は水銀のように弾け飛び、

  もうひとつの姿へとまばゆい変貌をとげていく。

  クォークをつむぎ、ハドロンをつなぎ。

  素粒子から原子が、原子から分子が。

  無から有が編みあげられていく!

  偽りの──神の御業だった。

  そして、その輝きから踏み出した者は──。

 「愛の戦士、キューティーハニーさ!」

 「──貴様!! ハニー!?」

  思わず息を飲む。

  いくら話には聞いていても、

  やはり空中元素固定装置の奇跡をその目で見せつけられれば、

 にわかに信じがたいものではあった。

 「さあ、罠にかかった蜘蛛さん。パンサー・クローの秘密、その可愛い口から洗いざらい

 喋ってもらいましょうか」

  誰が!?──という言葉も声にならないうち。

  白銀の剣が、再びぐいと傷口をえぐり。

 「──ぐっ! ぐああああぁっっ!!」

  ざくりと裂けた傷口から新たな血潮が噴き出し、タランテラを朱く染めあげていく。

  痛みに悶え、もがき苦しんでも、銀のきらめきは彼女を放しなどしない。

  自分の糸──なのに!?

  無論彼女は、その単分子結晶繊維がハニーによって造り出された際、

 巧妙に分解酵素を組み替えられていた事など知るよしもない。

  まさに彼女は、みずからの巣に捕らわれた愚かで哀れな──蜘蛛だった。

 「うふふ、駄目よ。これくらいで白状なんかしちゃ。もっともっと、その可愛らしい悲鳴で、

 私を愉しませてくれなくちゃ…」

  そう、嬉しそうにいい放って、その光ファイバーの瞳に妖しい輝きを宿し。

  無慈悲な機械仕掛けの死の天使は、切っ先を傷口の中でずぶりとまわす。

 「あぐ! あぐあああっっ──!!」

  そしてほんの少し引き戻すやいなや、可憐な乳房を思うさま切り刻んでいった。

  ずたずたに切り裂かれ、ほんの申し訳程度にタランテラを包む装束から鮮血がしたたり。

  足元と──戒める蜘蛛の巣を深紅で飾る。

  それはさながら、かぐわしい紅蓮の薔薇にとまった赤い蝶にも似て。

  狩られる立場を彼女に思い知らせていた。

 「──こ、殺せ! ひと思いに殺すがいい! 私は、ジル様を裏切ったりなどしない!!」

  涙か、血か、もう自分でもわかりはしない。

  けれど、この頬を流れる熱いものは、ジル様への忠誠の──そして想いの証だ。

  いかにアレクサンドリア図書館の遺跡から発掘した、

 ヘルメス・トリスメギストゥスの古代技術で蜘蛛の精を授けられた身とはいえ、

 不死というにはあまりに脆い。

  ならば、いっそこのままジル様への想いを抱いて、死んでいくのも幸せだろう──。

  だが、そんな想いなどどこ吹く風で。

 「…ふふ。パンサー・クローを、でなくジル様を…か。厄介なものね、人を想う心というものは。

 まあ、いいわ。喋らせる方法なんて、それこそいくらでもあるんだから……」

  凶悪でいて無感情な笑みとともに、すっとタランテラに差し向けられた掌が、

 見る見る白銀に輝きだす。

 「……なにを、なにをする気だ!?」

  得体の知れない恐怖にかられ、その輝く掌から逃れようと、

 無駄とは知りつつ不自由な身をよじらせる。

  それほどその輝きは──禍々しかったのだ。

 「心配する事はないわ。ただちょっと、表層記憶を読ませてもらうだけだから…」

  と、次の瞬間。

  水銀のように光り輝いていた掌が、タランテラの額にずぶずぶとめりこんだ!

 「────!?」

  驚きのあまり悲鳴さえ凍りつく。

  だが、少しも痛みは感じない。

  それが、かえって恐怖をかきたてていた。

 「空中元素固定装置はね、こんな使い方もできるのよ」

  誇るとも、嘲笑うともつかぬ口調で。

  ハニーはアミノ基とタンパク質の配列から、タランテラの記憶を読みとっていった。

 「なんて雑然とした…非論理的な思考かしら。ここから機密情報を選り分けるのは骨だわね。

 あら、でも面白そうな記憶も……」

  光ファイバーの瞳が淫らがましく微笑み。

 「──ジル様、お願いですからそこは──か。あなた、背中と後ろが弱かったのね。

 見かけによらず、いやらしい蜘蛛さんだこと」

  そう、蔑みもあらわに嘲笑う。

 「────!!」

  驚きよりも、怒りよりも、羞ずかしさに頬が真っ赤に染まる。

 「──いったい貴女は、その窓辺の向こう側に、星もまたたかぬ闇空の彼方に、誰の面影を

 見つめているのですか?──ね。なんとも、少女趣味なパンサーレディがいたものだわ」

 「見るな! 見るんじゃない! 私の想いを土足で踏みにじったりするなっ──!!」

  戦士の誇りさえかなぐり捨てて、タランテラは声をはりあげ泣き叫んだ。

  泣き叫び、そして哀願していた。

  悔しさを感じなかった訳ではない。

  いや、もしもかなうなら、この手で八つ裂きにしてやりたかった。

  けれど、今は頭を下げるしかない。

  自由のきかぬこの身では、

  このまま殺されても当然だろう。

  だが、この辱めは──死よりなお辛い。

 「…うるさいわね。私だってこんな無価値な情報、用はないわ。

 自意識過剰もたいがいになさい! おまえが誰に抱かれようが、ジルが誰を抱こうが、

 パンサー・クローの淫売同士で好きにすればいいでしょう!」

  思うように機密情報を検索できない苛立ちが、過負荷となってハニーの口をつく。

  より人間らしくと設計された感情回路は、過負荷の放出機構まで人間そのものだった。

 「……なん…だと?」

  不意に、血だらけの唇から声が絞り出され。

 「…ジル様が、なんだと……ハニー?」

  血まみれのタランテラがハニーを見すえる。

 「────!?」

  一瞬、偽りの心が──偽りの血潮が。

  機械仕掛けの躰が凍りつく。

  それも、無力な蜘蛛娘のひとにらみで。

 「お、おまえ……!?」

  解析不能だ──こんなはずはない。

  こいつに戦闘力などもうひとかけらもない。

  なのに、なのになぜ──!?

 「ジル様を、なんといったあああっ──!?」

  次の瞬間。

  ハニーの有機コンピューターは、

  事態の把握にきっかり二ミリ秒とまどった。

  分解酵素もなしに、軌道エレベーターさえ吊せる銀の糸が弾け飛んだのだ!

  どんな力が働いたのか、演算もできない。

  いや、どんな力であったにせよ、

 こいつの躰は千切れ飛んでいるはずなのに。

 「……さすがはパンサーレディね。面白いわ。いえ、興味深いというべきかしら?

 本当に、人間のポテンシャルは計り知れないのね」

  ハニーの中で、敵対心よりむしろ好奇心が優先順位にランクされた。

  とはいえ、当のタランテラは青息吐息。

  すでに力つき、ひざまずいてしまっている。

 「それも、パンサー・クローの秘密なの?」

  パンサーレディは生体強化されている。

  しかし、それがどのようなテクノロジーによるものかは、ついに天才如月博士にも謎のままだった。

  もし解明できていたとすれば、あの神をも恐れぬ貪欲な科学のドクトル・ファウストは。

  必ずやおのが一世一代の最高傑作ハニーに、その真髄を移植していたに違いない。

 「いいなさい、パンサー・クローの秘密を! いったい誰が、おまえにあんな力を与えたというの!?」

  だが、タランテラは顔も上げず。

 「…ふふ、ふふふ。ハニー、おまえもしょせんは、よくできた機械人形に過ぎなかったのだな」

  そう、低くつぶやくだけで。

 「──なにいっ!?」

 「…どの道、人形のおまえなどにわかるはずもない。この力が、誰から与えられたかなどな。

 笑わせてくれる、こんなデク人形に私は嫉妬していたのか……」

  彼女の言葉は、なぜか誇りに満ちていた。

  しかし、その一言がハニーの攻撃モードに火をつけた。

 「なら、そのデク人形の力を思い知るがいいわ──!!」

  輝く銀の剣が今にもタランテラを両断する。

  と、見えた瞬間。

 「甘いな、ハニー! 私の切札が糸だけだとでも思っていたのか!?」

  どこに潜んでいたのか、数百数千──いや、数万匹にものぼる毒蜘蛛の群れが。

  ハニーに襲いかかり、埋めつくした!

  冷却系をふさぎ、循環系を喰い破り。

  高分子被膜の柔肌から、血とも見まがう潤滑液が噴き出していく。

 「踊れ! 踊るがいい! 死ぬまでタラント蜘蛛の舞を踊り狂え、ハニー!!」

  勝利の確信がタランテラの胸に去来する。

  だが次の瞬間、それは凄まじい閃光とともに打ち砕かれた。

 「────!?」

  空中元素固定装置のまばゆいきらめきが、毒蜘蛛の群れを瞬時に消し去り。

  その輝きをふり払ってハニーが現れる!

 「…毒蜘蛛のシャワーとはやってくれたものね。このお返しは、少々高くつくわよ……」

  その無機質な光ファイバーの瞳は、怒りより、むしろ残虐な悦びに輝いていた。

  ハニーの攻撃プログラムは、受けた攻撃の度合によってその報復レベルも上昇する。

  そして今、それはレベル四を示していた。

  都市をひとつ──消滅させられるレベルだ。

  ハニーの両手に輝く光の渦が生まれ、急激にその質量を増していく。

 「さあ、逃げてごらん。どこへ逃げても無駄だけど、逃げまどう姿を見るのは愉しいわ!」

  ハニーの唇がにやりと残忍にゆがむ。

  その両手に生まれ落ちようとしているのは、核物質──プルトニウム238!

  核分裂に要する質量わずかに十キログラム未満。

  それでいながら、爆発力はTNT火薬の二百三十万倍にも達する──冥王の物質!

  ハニーは大気中の素粒子から、核爆弾を精製しようとしていたのだ!!

  ──怯えるがいい、この醜い蜘蛛娘。

  よくもこの私をデク呼ばわりしてくれた。

  よくもこの美しい躰を蜘蛛で汚してくれた。

  ささやかな礼に、灰も残さず灼きつくそう。

  そのために、わざわざこの肌を汚らわしい蜘蛛ごときに喰い破らせてまで、

 報復レベルを高めたのだから──。

  もし人間ならば、狂気と呼ぶべき瞳だった。

  タランテラはなすすべもなく、

 ただ、機械仕掛けの死の天使に怯えていた。

  その哄笑は狂気を漂わせてなお美しく。

  ふと彼女に、幼い頃覚えた古いラテン語の聖歌の一節を思い起こさせる。

 

    かの日こそは 怒りの日である

    世界はすべて 灰と化すだろう

    あわれな私は その時何をいい

    だれに弁護を 頼めるのだろう

    正しい者さえ 不安でいるのに

 

  ──ジル様、お助けを!

  神の名よりも、愛しい人の名を祈った。

 「逃げないの? なら、それもいいわ。核の業火に灼かれながら、

 おまえがデク呼ばわりしたこの不滅の躰を羨んで死になさい!」

  ハニーの両手が打ち合わされ、

  臨界反応が巻き起ころうとした一瞬前。

 「くっ───!?」

  いずこともなくしなやかな鞭が、

  哄笑するハニーの首をからめとった!

 「…う、うぐ…ぐ……」

  きりきりと気道が締めつけられ、

  回路が過負荷に悲鳴をあげる。

  とたん、プルトニウム塊がかき消えた。

  本体保護を第一とする空中元素固定装置が、ハニーの機能回復に切り変えられたのだ。

 「…な、何者だ……!?」

  かろうじて鞭の戒めから逃れ、音声装置の不調にむせびながら。

  逆光のただ中に立つ人影をねめつける。

  そこには、波打つ豊かな長い髪に、

 光線の加減で角のようにも見える仮面。

  均整のとれたしなやかな肢体と、

 その身を包んだエナメル・レッドの装束。

  見るも艶やかな──女が立っていた。

 

                  *

 

 「どうやらお人形さんは、とことんおいたがお好きと見える……」

  その、忘れようもない魅惑的な声。

 「こんな所で核の火遊びをしたらどうなるか、如月博士は教えてくれなかったのかい?」

  そういって、髪をかきあげるその仕草。

 「──ジル様!!」

  タランテラの顔に笑みが戻り。

 「…シスター・ジル……」

  ハニーの顔にあらわな緊張が浮かぶ。

  だが、そんな人形など眼中にないといわんばかりに。

  つかつかと、ジルはタランテラに歩み寄る。

 「……ジル…様、私…」

  と、その泣き声もとぎれぬうち。

  涙に濡れた頬をジルの平手が見舞った。

 「ジル様──!?」

  お側に仕えてこのかた、ジル様の平手打ちなど見た覚えがない。

  まして自分が打たれた事などただの一度も。

  そんな不心得者には手よりも牙で報うのが、ジル様のやり方ではなかったか。

 「これでわかったろう、タランテラ。おまえにハニーは倒せやしない。

 おまえは非情にはなりきれないのさ。奴を見ろ、敵を倒すためには

 手段など選ばない。私になりすまし、核を使う事さえいとわない。

 おまえにそんな事ができるかい? だから、奴は無敵なんだよ。

 心なんてものは、最初から持ってやしないんだからね……」

  優しく──それでいて叱るように、

  ジルはタランテラを──愛しく愚かな部下を、そのふくよかな胸に抱きしめた。

  けれど、そんなジルの背中に。

 「とんだお涙ちょうだいね、シスター・ジル。まさか、

 その馬鹿な蜘蛛が心配で飛んで来た…なんていわないわよね?」

  機械仕掛けの冷淡な嘲りが投げかけられる。

 「──そう、核汚染…なのね。ここから被爆圏内に

 パンサー・クローの重要な施設がある。図星でしょう?

 そうでもなければ、貴様がわざわざ出向くはずないものね」

  さも見透かしたといわんばかりに、ハニーは勝ち誇った笑い声をあげた。

 「だとすれば、その馬鹿な蜘蛛さんも少しは役に立ってくれた訳だわ。

 なにしろ、その子ときたら──」

 「──黙れ!」

  ただの一喝でハニーの口を閉ざし、

  ゆらり、とジルが立ちあがる。

 「…黙って聞いていれば、ずいぶんと大層な口をきいてくれるじゃないか。このお人形は。

 ここはひとつ、最初から躾を教えこんでやる必要がありそうだねえ……」

  いいつつ、にっこりと舌なめずりし。

  腰に差した鞭を引き抜くやいなや。

 「だけど、覚悟おし。私の躾は、ほんの少しばかり厳しいんだよ!」

  目にも止まらぬ早業で空を切った!

  右に、左に、上に、下に。

  蛇のようにしなう鞭がハニーを打ちすえる。

  ──ば、馬鹿な!?

  その高分子被膜の肌に喰らいつく鞭の痛みが、ハニーには信じがたかった。

  自分の反応速度をもってすれば、

  こんな鞭など容易に避けられるはず。

  たかが──亜音速の鞭なのだから。

  それがなぜ、こうも打ちすえられるのか!?

 「どうだいハニー、私の鞭の味は? お気に召してもらえたかい?

 わざわざ超振動装置をおまえの固有振動数にセットした特別製さ。

 喜んでくれれば嬉しいねえ!」

  ──あとほんの一息でおまえは分解される。

  そう、文字通り──ばらばらの部品に。

  おまえを無傷で手に入れようと思った。

  おまえを美しく飾ろうとも思った。

  けれど、そんな事はもうどうでもいい。

  おまえは、してはならない事をしでかした。

  化けてはならない者になりすまし、

 虐げてはいけない者を苦しめた。

  私の、私の可愛いタランテラを!

  たとえおまえがばらばらになろうと、この痛みを償わさずにおくものか──!!

  しかし、ジルは知らなかった。

  したたかに打ちすえられ、うずくまったままのハニーの中で、

 ある回路が秒読みを始めていた事を。

  それはハニーの意志とは無関係に、一定以上のダメージによって作動する、

 一種の緊急脱出装置ともいえる装置であった。

  そして、これによってもたらされる悲劇も、神ならぬ身のジルには知るよしもなかった。

 「どうしたんだい、ハニー? まだおねむは早すぎる。

 それとも、今すぐ楽にしてほしいとでもいうのかい?」

  ピンヒールが倒れたハニーの頬に食いこむ。

  反応がないところを見ると、すでに意識がカットされてしまったのか。

  抜け殻と呼ぶにふさわしい物体だった。

  その苦悶の影すらない無表情さが、ジルの苛立ちになおさら火をそそぐ。

 「…こんな、こんな奴のために……」

  妹達の仇を討てたという実感など、

 少しも湧いてこない。

  憎い宿敵を倒したという満足感など、

 どこにもありはしない。

  ここにいる──いや、あるのは、

 ただの、スイッチが切れた機械だ。

  偽物の心。

  偽物の血潮。

  そして偽物の命。

  プログラムされた怒りと、プログラムされた憎しみで動く、

  女の皮をかぶった殺戮兵器でしかない。

  死んだ如月博士の怨念が乗り移った訳でも、まして陳腐な正義感に駆られた訳でもなく。

  しょせん──ただの狂った機械人形にすぎないのだ。

  なぜ私は、こんな奴を敵だと思った?

  なぜ、こんな奴を最高の芸術品だなどと?

  こんなグロテスクな──化け物を!?

  いいようのない怒りと悲しみをこらえ。

  ジルはそのまま振り返りもせずに、ハニーであった残骸から歩み去った。

  目の前には傷ついて血まみれの、けれど、生きた──心を持った娘がいる。

  それはなんと愛らしく、そして美しく見える事だろう。

  美貌だけならハニーの方が上かも知れない。

  しかし、その薔薇色の頬は、機械人形などには望むべくもない命の輝きにあふれている。

  それがジルには、この上もなく愛しかった。

 「タランテラ、怖い思いをさせてしまったね。けれどもう大丈夫、奴は停まった。

 もう誰も、おまえを傷つけたりはしないんだよ」

  と、愛しく健気な部下に手を差しのべる。

 「……ジル様?」

  こんな顔のジル様は初めてだった。

  こんな──優しい顔をしたジル様は。

  けれどそれは、驚くよりも──嬉しくて。

 「歩けるかい? なんなら肩を貸してやろう。

 おまえは、それだけの働きをしてくれたんだからね……」

  ハニーを倒せた事ではない。

  ハニーの幻から目を覚まさせてくれた事だ。

  けれど、そんな事は口が裂けてもいえない。

  なぜなら、この仮面をつけている以上ジルは──シスター・ジルなのだから。

  その仮面がほころびかけているなど、今はまだ、タランテラだけの秘密だった。

 「…ジル様、お願いいたします……」

  そっと肩にもたれかかると、温もりと──そして優しさが染みてくる。

  幾度も肌を重ねてきたというのに、こんな気持ちは初めて味わう。

  このまま刻が止まれば、どんなにか素晴らしい事だろう。

  私の──私だけの、ジル様。

  と、不意にその時。

  耳障りな電子音があたりに響きわたる。

 「──なにっ!?」

 「こ、これは──!?」

  ジルも、タランテラも、その足を止める。

  ここにはもう、二人しかいない。

  だとすれば、この音はいったい?

 「離れるんじゃないよ、タランテラ!」

  しっかとタランテラを抱きしめジルが叫ぶ。

  だが次の瞬間。

 「ジル様、あれを──!?」

  タランテラが蒼白な顔で指をさす。

  見れば──音の発信源は倒れているハニー。

  虚ろな光ファイバーの瞳はなにも映さず、

 その肢体はだらりと力なくたわみ。

  しかもその唇から聞こえてくるのは、

 いつものハニーの声とは似ても似つかない、機械じみた無機的な合成音。

  そして、それはこういっていた──。

 『緊急脱出プログラム作動。カウントダウン十五秒前。コレ以後ノ停止ハデキマセン。十、九、八……』

 「なんだと──!?」

  見る間にジルの顔が青ざめる。

  緊急脱出プログラムとはどういう意味だ!?

  それに、カウントダウンとは!?

  いったいあの狂気の天才如月博士は、ハニーにどんな仕掛けを組みこんだのだ!?

  けれどハニーから答えが返るはずもなく、得体の知れない不安にジルは戦慄を覚えた。

  ──いったい、死んでまでなにをしでかすつもりなんだ。ハニー!?

  そんな怖れを嘲笑うかのように、フランケンシュタインの怪物さながら、機械仕掛けの指がぴくりと動く。

 「ハニー! おまえ、機械の分際でこの世に未練があるとでもいうのかい──!?」

  そんな呪詛の言葉を吐きかけられてか。

  むくりと上体を起こすやいなや、その腿から下が、ごろりと外れて落ちる。

 「────!?」

  その奥に隠されていたものはまぎれもなく、

 小型ロケットブースターに他ならない!

 『……四、三、二。離床シマス』

 「──危ないジル様っ!!」

  とっさに危険を悟ってジルを押し倒し、

  かばうようにタランテラが覆いかぶさった。

  同時に凄まじい業火と噴煙が、たちまちにして灼熱地獄を作り出す。

  これぞまさしく、絶体絶命の危機に際してハニー自身を第一宇宙速度、毎秒七・九一キロで射出し、

 軌道上へと脱出させる──最終装置であった。

  成層圏を抜け、電離層を越え。

  ハニーは──いや、ハニーであった物体は、はるかな宇宙の高みへと翔び去って行く。

  そう、後に悲劇だけを残して──。

 

                  *

 

  静けさの戻った周囲は灼けただれ、

 鼻をつくケロシンの臭いがたちこめて。

  動く影などどこにも──いや、違う。

  灼け焦げた巨大な繭の殻を破り、

 人影が──シスター・ジルが現れる。

 「…うっ、くく……」

  その姿はあちこち焦げて黒ずみ、全身が火ぶくれを起こしたように痛む。

  だが、命があっただけでも奇跡と思わねば。

  あの凄まじい業火の中で、よくもこうして生き残れたものだ。

 「……タランテラ、どこだ…タランテラ…」

  ──それというのも、タランテラ自慢の耐火耐熱特性に優れた、

 この単分子結晶繊維のおかげか。

  だとしたら、礼をいうだけではすまないな。

  最後に覚えているのは──タランテラの顔。

  この私をかばうように覆いかぶさって。

  そして銀の糸でこの繭を──シェルターを織りあげてくれた。

  ありがたさより誇らしさを感じ。

 「まったく、いい部下を持ったものさ…」

  いまだにどうしてもタランテラを部下だといってしまう自分に、くすりと笑う。

  それにしても、タランテラはどこに?

  あいつの繭はどこにある──?

  ふと、足元に目をやると。

  横たわる大きな消し炭が目に入る。

  それは倒木のような──けれど人のような。

 「……まさ…か…!?」

  指で触れればぱらぱらと欠け落ち。

  抱きあげればたちまち崩れてしまいそうな。

 「…タラン…テラ、なのかい……?」

  驚きと悲しみで声がかすれ、躰の芯からがくがくと震えが走る。

 「…タランテラ、嘘だろう? よくない冗談だよ、こんな…こんな……」

  知らず知らず、抱きしめる腕に力がこもり。

 「なんとかおいい、タランテラ! 死んでもいいなんて誰が許したんだい!?」

  そして哀れなタランテラの骸は、

  愛しい想い人の腕の中で粉々に砕け散った。

 「…………!!」

  夜空には星もなく、月さえ見えない。

  けれどたったひとつだけ、西の空を流星が駆け抜けていくのが見える。

  それがはたして星空へ消えたハニーなのか、それともタランテラの魂だったのか。

  ジルには、よくわからなかった。

  わかっていたのは、

  またいくつかの美しいものが、自分の前から永遠に喪しなわれ。

  不滅の輝きを放つダイアモンドでさえ、燃えつきれば灰となってしまう。

  ただ、それだけの事にすぎなかった。

 

 終

 


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