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螺旋―幕間狂言(後編)―
MIKAMI/文
チェシャ/執筆協力


  カドゥサ=イハドゥルカは一瞬その金色の双眸をきょとんと見開いて、

  自分を犯させろという少年を見つめた。

  当の本人、不知火はすずしい口調で続けた。

 「あなたを殺すか犯す事が、今回僕がここに来た理由の一つですから」

 「成る程……この身がこの世界に干渉する力を、それで抑えようという腹か」

  と、やっと得心がいったように、イハドゥルカは口を開いた。

  確かに、かつて異世界でのイハドゥルカがあれ程の絶対的な『力』を持ち得たのも、

  力の媒体たるヴァナルガンド[破壊の杓杖]をみずからの胎内に召喚できたのも、

  仮身であるイハドゥルカ・イル・イメラの肉体が、高い霊力を持つ純潔の巫女のものだったからである。

  今、この世界の仮身であるカドゥサから純潔を奪うことで、力の発現を抑えようとする考えには一理あった。

  しかし……

 「まあ、そういう理由もあるんですけどね。

  僕、一度『破壊の女神』ってヤツを犯してみたかったんです」

  どこまで本気なのかわからない顔で、彼はそう言った。

 「……して、貴様はその代償に何を払う? 命か? それとも永劫の苦痛か?」

  そのどちらも実現することはた易いと、無表情のまま彼女は言外に匂わせた。

 「できればどっちも遠慮したいな」

  流石にそれにはぞっとしない面持ちで答えると、不知火は

 「取引しませんか?」

  と彼女に持ちかけた。

 「ほう……取引、とな」

  切れ長の目を僅かに細めて、不知火の言葉に興味を見せたイハドゥルカに、彼は

 「まず、あなたがご執心の彼女。こっちの用事は一定期間内だけなんで、

  手出しを控えて貰うのは、その間だけでいいです」

  そう、言葉を続けた。

 「プラス、こちらに協力してくれるなら、彼女の身柄を自由にするチャンスを差し上げます。

  勿論、大会が終わるまで、殺したり壊したりされちゃ困りますけど、

  要は、あなたに被害が及ばない状態にすればいいんでしょう? 最終的には」

  一瞬だけ、ぞっとするような冷たさをその美貌にひらめかせる。

 「その上で、大会が終わった後、あなたが彼女の身柄を手に入れる事も可能です。

  もちろんそれは彼女の運と、あなた……というよりお姫様の手腕次第ですけど、

  アサッシンに任せておくよりは、確実でしょ?」

  不知火の言葉に相手は黙したまま、射抜くような視線を彼に向けていた。

 「それともう一つ。二つ目のお願いを聞いてくれるなら、確実に約束できるものがあります」

 「ほほう……?」

  それは何か、と目で問うたイハドゥルカに、

 「快楽を」と不知火は答えた。

 

 「抱かせてくれるお礼と言っちゃなんだけど、

  どの世界のあなたも味わったことの無い快楽を、僕がプレゼントします」

  そう続けると、悪戯っぽく笑う。

 「もちろん、お気に召さなかった時は、殺しちゃってくれてかまいません。

  そのくらいのリスクは、まあしょうがないかなって思ってますから」

  いま一度、金の瞳がぽかんと見開かれた。

  一瞬相手が何を言ったのか理解できなかったように見える。

 (あ、このひと結構カワイイかも)

  そんな不遜な事を不知火が考えていると、不意に何かを思い立ったかのように、イハドゥルカが口を開いた。

 「面白い……ならば試してやる」

  切れ長の目が強く、青みがかった光を放った。

  それと同時に、不知火の四肢が金縛りにあったかのように自由を失った。

 「あらら」

 「フン……我が呪縛をあえて受けたか……まあよい」

  不可視の力でその身体をベッドへと引き寄せる。

  呪縛された状態の相手を寝台の上に組み伏せ、イハドゥルカは嫣然と唇を吊り上げた。

  馬乗りになったまま、着衣を脱ぎ落としてゆく。

  程なく陶器細工のように白く華奢な肢体と、裏腹にたわわな両の乳房、

  その銀髪よりもやや青みがかった淡い翳りまでが、月明かりの下にあらわにされた。

 「わおv」

  それは状況が状況でなければ、とてつもなく扇情的な光景だったろう。

  伸ばされた繊手が、シャツのボタンを一つ一つ外し、薄く胸筋の張り詰めた胸板をさらけ出す。

  次にベルトに手を掛けると器用にそれを抜き取り、下着ごとスラックスを引き降ろした。

  既に熱く息づいているものを、指先で形を確かめるように包み込むと、

  そのまま、カドゥサの時に受けた愛撫で濡れそぼっている入り口に、先端をあてがう。

 「くっ……」

  僅かに腰を沈め、処女には負荷が大きすぎるだろうそれを、彼女は強引にその内部へと導いた。

  ぬるつく内壁が、慣れぬ異物を拒むようにきつく収れんする。

 「……は…うっ!」

  濡れているとはいえ何の慣らしも施していないそこは、引き裂くような侵入に軽く傷を負ったらしかった。

  構わずに彼女は、さらに深く腰を落とすと、内奥に薄く張り詰めた防壁を自ら突き破った。

 「……っ! ……フフ……」

  破瓜の血が流れ出し、白い腿を濡らす。

  その痛みさえ愉しむように微笑すると、イハドゥルカは組み伏せた不知火の首筋に指を絡ませた。

  白い指は、繊細な見掛けにそぐわぬ力で、彼の喉を締め上げる。

 「さあ試してやろう。貴様の命が尽きるのが先か、この身が果てるのが先か……」

  殺戮の衝動と、サディスティックな愉悦に酔いしれたように、掠れた声が告げた。

 「こーゆーのがシュミなんですか? 僕、もう少し色っぽい展開を期待してたんだけどな」

  気道を塞がれたまま、唇だけで不知火がそうぼやいた。

 「ま、でも約束ですもんね。善処します」

 

  窓の外の月は、西にわずかに傾き始めていた。

 「は……あぅ……」

  湿った吐息と共に、濡れた粘膜を打ち付け合う卑猥な音が、薄闇に響く。

  月明かりの下で白い裸身をくねらせ、イハドゥルカは組み敷いた男の体を、縊[くび]りながら貪っていた。

  ぎり……と喉笛を締め付ける指が、感に耐えぬように相手の皮膚に爪を食いこませる。

  溢れ出したぬめりは、とうに出血を洗い流し、シーツの上を失禁のように濡らしていた。

  相手は不知火である。

  常の女性なら、とうに幾度も気をやった上、動く事すらままらなくなっているはずだろう。

  だが人間には及びもつかぬ意思力のせいか、それとも情欲を凌ぐ殺戮への衝動ゆえにか。

  上気し汗ばんだ肌はしかし、それ以上行為に溺れる兆しを見せなかった。

 「どうした、人間……? このままでは、縊り殺されるぞ……フフフ……」

  掠れた喉声に、嘲りと僅かな失望の色を浮かべてイハドゥルカが問う。

 (確かに、流石にそろそろ命の危機かな……?)

  心の中でそう呟くと、不知火は唇で何かの咒言を唱え、全身を巡る気脈にその意識を集中させた。

 (ホントは、こういうのはフェアじゃないんだけどね……)

  彼女が異変に気付く前に、下から伸ばされた手がぞろりと彼女の指を撫で付けた。

 「……!? まさか、我が呪縛からこうも早く……あぅっ!?」

  驚愕の声は、指先から這いあがる甘い戦慄にかき消された。

 「確かに強烈な金縛りでしたけどね、その手の攻撃から抜け出す術は、わりと得意なんです」

  そう答えると彼は自由を取り戻した手で、細い腰を掴んで激しく揺すり上げた。

 「ひっ! ……ぐっ!!」

  繰り返し最奥を抉る。まるで内部を破壊するかのように激しい突き上げが、イハドゥルカを襲った。

  思わず彼女は相手の首を締めていた手を離し、シーツにしがみついた。

 「なぜ、だ……? こ……んな……人間ごとき、に……? ああっ……」

  先ほどとは明らかに色合いを変えた喘ぎが、彼女の喉からこぼれる。

 「どっちかっていうと僕、『受け』より『攻め』の方が本分ですもん」

  不知火はクスクスと喉を鳴らすと、やや低い声音で囁いた。

 「破壊して……欲しいんでしょう……? 壊してあげるよ、僕が、この一瞬だけでも……」

  囁かれた言葉を肯定するように、情欲に霞んだ金の瞳が微かな笑みを浮かべる。

  肌を合わせてわかった、彼女の内なる欲望。

 「あなたの理性も、誇りも、殺戮への渇望も……何もかもね!」

  そう、彼女の破壊衝動は世界だけにではない、彼女自身にすら向けられたものなのだ。

  両手を伸ばし、目の前で揺れる双球に爪を立て、跡がつく程にきつく掴み上げる。

  引き千切られるような痛みも、相手の中ですさまじい快感へと変換されていた。

  同時に再び胎内を串刺すような強さで、激しい抽送を開始する。

 「あっ……あああっ! いいっ!!」

  律動のままに豊かな柔肉が引き伸ばされ、ねじれ、こねあげられて形を変える。

  乳房を手荒く蹂躙されるたびに、彼女の内部は打ち震え、銜え込んだものをきつく締め上げた。

 「壊して、おくれ……あぁ……ぜんぶ……こわして……んあああッ!!」

  己の肉体が、そして精神が快楽に破壊されてゆくさまを、愉悦と共にイハドゥルカは感じ取っていた。

  不知火の動きに合わせて自ら腰を蠢かし、さらに深く貪る。

 「千切って! えぐって! 汚して! 引き裂いてぇッ!!」

  湿った交合の音と、狂ったような嬌声が、闇を満たしてゆく。

  相手の狂気に当てられたのか、不覚にも予想より早い射精感が、不知火に襲ってきた。

 「く……も、ダメ……限界……っ!」

  二度、三度。断続的に放たれる熱と同時に、びくんと、白い背中が大きく強張った。

 「ひッ……あ……」

  常人なら『解毒』無しでは発狂してしまうほどの、強烈な催淫作用のある精。

  それが焼けるような温度を伴って、イハドゥルカの胎内に溢れかえる。

 「……こわれ……る……ああアアアアァ――――ッ!!!」

  絶叫と共に身を震わすと、彼女は体奥を灼く熱に一瞬で絶頂へと突き上げられた。

  忘我にぐったりと力を失った体を、今度は不知火の方が貫いたまま組み伏せる。

 「まだだよ……もっと、めちゃくちゃにしてあげる」

  そう妖しく笑うと、彼は果ててなお力を失わないものを、ゆっくりと動かし始めた。

 

 

 

 

  数時間に及ぶ狂乱の後、その肉体の方の限界から彼女が眠りに落ちた時には、月は大きく西へ傾いていた。

 <フフ……なかなか面白い余興であった、人間。取引は、承諾したものと思うが良い>

  余韻にとろけた思念がどこか楽しげな響きで、身支度を整える不知火の意識に告げた。

 <だがその言葉、違[たが]えたが最後、貴様とその主の命は無いものと思え。

  世界を消滅させる事はできなくとも、その程度の干渉は我には可能。その事をゆめ、忘れるでないぞ>

  『媚薬』の効果も、彼女が持って行ったのだろう。

  相手が人間ならばこそ、人格まで破壊しかねない強烈な催淫効果を発揮する不知火の精も、

  絶対存在に対しては、その精神を時折疼かせる愉しみを与えるものに過ぎない。

 「肝に命じておきます」

  再び眠りについた思念にそう答えると、不知火は「ふう……」と溜息をついた。

  傍らを見れば、意識を失ったカドゥサの身体が静かな寝息を立てている。

  シーツの血痕は既に消してあった。

  清められ元通り夜着を纏った姿からは、先刻までの狂乱の痕跡は微塵も伺えない。

  彼女が目覚めればこの出来事もまた、いつもの悪夢のうちだと思うのだろうか。

  だが交わした契約は確実に、その意識の底に刻み込まれている筈だ。

 「さーて、もう一仕事あるんだよなあ……」

  いささか面倒くさそうな口調で呟くと、不知火はベッドの上に結跏趺坐[けっかふざ]を組み、

  遠方へと思念を凝らし始めた。

 

 

 

 

  同時刻、日本。

 

  長閑な朝の活気と清涼な空気を引き裂くように、激しい拳戟[けんげき]の音が住宅街の一角、

  寂れた児童公園に響いていた。

  闘いを繰り広げている者達の片方は、姿を見せているだけで5人いた。

  蜘蛛のように痩せこけた男たちは、皆一様に浅黒い皮膚をしている。

  ほどけた覆面の下からは、人相を隠す為に薬品で焼き崩した顔が見えた。

  もう片方の手勢はたった一人、歳の頃合は17、8ぐらいの娘である。

  俊敏に鍛え上げられた肢体と小麦色の肌が印象的な、長身の少女だった。

  無造作なショートの赤毛にバンダナを巻き、トレーニングウェアに身を包んでいる。

  くっきりとした太い眉と、左頬に残る古い傷痕。

  決して美女ではないが、少年じみた顔立ちは生気に溢れた大きな瞳と合いまって、

  野生動物めいた魅力を放っていた。

  娘は、名を姫野 翠[みどり]と言う。

  不韻流[ふいんりゅう]古式格闘術の使い手にして、次期継承者と目される人物である。

  戦闘は翠の一方的優勢のまま、終決しようとしていた。

  彼女の足下にはもう、4人の暗殺者が気絶させられて転がっている。

  いずれも長いイスラムの歴史の影で、暗殺をその生業として技を極めてきた男たちである。

  数日に渡る襲撃を難なく凌いで来たのは、翠の技量あってこその事だった。

 (ホント、鬱陶しいったらありゃしない)

  せめてもうちょっと相手が強ければ、少しは楽しめるのに、と。

  当の相手が聞いたら憤死しそうな事を考えながら、彼女は嘆息した。

 「あんたらのボスに伝えなよ! 今度はもうちょっとホネのある奴連れて来いって」

  足下に倒れたアサッシンの一人を、彼の仲間の方に蹴り転がして、翠はそう怒鳴った。

  じり……と、彼女を取り囲んでいた暗殺者達が後ずさる。

 

 「これは結界……? 一体何なの……!?」

  不意に、澄んだ少女の声が、その均衡を破った。

 「え!?」

  聞き憶えのある声に、思わず翠が振りかえった中、

  見慣れたセーラー服姿の小柄な人影が、驚いたようにその場に足を止めた。

 「!? 翠姉さん? ……キャアッ!!」

  翠が行動を起こすより早く、木陰に潜んでいた一人が、掠めるように華奢な身体を捕えていた。

 「ユキ!? 畜生、なんでこんな所に……」

  暗殺者の一人に抱え込まれ、首筋にナイフを当てられたまま、幼馴染の少女、雪那[セツナ]は、

  可憐な顔に怯えたような表情をうかべ、翠の方を見た。

  中学の夏服に身を包んでいるところを見ると、夏休み中の補講か、部活動にでも出る途中だったのだろう。

 「知リ合イカ? 動ケバ殺ス」

  顔と同じく劇薬で潰されたしゃがれ声が、たどたどしい日本語で翠に告げた。形勢逆転である。

 「両手ヲ上ゲロ。ユックリトダ」

  セツナの首筋に当てられた軍用ナイフは、禍々しい色合いの液体に濡れていた。

  それが彼らの用いる即死性のヘビ毒だということまでは、翠にはわからなかったが、

  細い喉笛をかき切るまでもなくセツナを殺せる事だけは、彼女にも理解できた。

 (くそォ……せめて華麟[かりん]が目ぇ覚ましてくれりゃ……)

  本来ならばセツナもまた、異能者として翠とすら互角に戦える『力』を持っている筈であった。

  だが、セツナの『力』の源である意識生命体の少女は、異世界―イ・プラセェル―での闘いで傷つき、

  まだ回復の為の眠りから覚めてはいない。

  今のセツナは、戦闘力だけなら普通の少女と全く変わらなかった。

  むしろ異能者として、異形の者たちとの闘いで研ぎ澄まされてきた感覚の鋭さが

 、この場合は仇となった。

  常人であれば、暗殺者の張った人払いの結界内に、足を踏み入れる事など無かっただろう。

 「姉さん……私は、大丈夫だから……」

  セツナが恐怖の極限の中、無理やりの笑顔を作って翠に言った。

  震える声が、翠にセツナの意図とは逆の結論を下させた。

 「畜生……」

  万事休すか……短くうめくと、翠はゆっくりと両手を差し上げた。

 「わかったから、ユキを放せ……」

 「姉さん!?」

 「ユキ、気にすンな。巻き込んだのはアタシだ」

  翠とて諦めたわけではないが、この状況で勝機を見出せないのもまた事実だ。

 「イイ覚悟ダ……」

  背後に立つ男がそう嘲笑って、毒に濡れたナイフを振りかぶった

 (南無三……!!)

  首筋に刃の感触を思って、翠の背筋に冷たいものが走った。

  やられる前にせめて一撃は返してやる……と、

  セツナを押さえた男に向けて放つ剄を、右手に集中させる。

  だがそれが放たれる前に、異変は起こった。

 「ガァァッ!!?」

  絞め殺される鶏のような奇妙なうめきが、翠の背後であがる。

  ビシャっと、生ぬるいものが背中を濡らすのと同時に、強い血臭が背後に立ち上った。

 「何ッ!?」

  驚愕の叫びは、翠と刺客たちの両方からあがった。

  一同が驚きから立ち直るいとまもなく、翠の目前でセツナを押さえつけていた男が、

  声も無く頚[くび]から上を失って崩れ落ちた。

  それを見たセツナが気を失って、その場にくずおれる。

 「ユキッ!?」

  セツナの体が血だまりに倒れる前にそれを抱きとめたのは、白い仮面に顔を隠した緑の忍装束の人影だった。

  木立の陰で、いくつかの苦鳴があがる。

  ボトボトとアスファルトの上に落ちる、人間……であったもの。

  やや遅れて忍装束と同じ姿に身を固めた影が二つ、音もなく地面に降り立った。

  総勢7人はいた手錬れの暗殺者たちは、忍装束達が現れてからものの数秒も経たぬうちに全滅していた。

 

  悪寒とともに、翠の掌に冷たい汗が滲む。

 (この野郎……何の気配も発してなかった……?)

  本来、いかなる達人でも完全に気配を殺すのは不可能だと言われている。

  それが生き物である限り、生命活動による『気』の流れが、必ず生じるものだからである。

  故に修練を積んだ者は、気配を殺すのではなく周囲の生命の『気』に溶け込ませることによって

  相手の知覚から己の気配を絶つ。だが彼らは、翠の知るそれとは全く異なっていた。

  今こうして対峙している瞬間にも、命の気配が全く感じられないのだ。

 (味方……? いや……)

  翠の挌闘家としての本能は、彼らが人外の化生に等しい存在であることを、彼女に告げていた。

 (こいつらは、ヤバい!!)

  そう頭で考えるより先に、身体の方が動く。と、ほぼ同時に、忍装束が影のように翠に応じた。

 「ハァッ!!」

 「……」

  数合、実時間では一秒に満たない攻防の後、二つの影が交差して離れる。

  地に降り立ち、相手に向き直った翠の髪から、白いバンダナがはらりと落ちた。

  居合いで断ち切ったかのように鋭利な切り口を目にして、翠の口元に無意識の笑みが浮かぶ。

  同じように翠に向き直った忍装束の仮面にヒビが入り、乾いた音と共にアスファルトに落ちた。

 「腕前は合格……もっとも、心根の方はいまいち甘いみたいだけど」

  遠隔操作されたように抑揚の欠けた声で、相手はそう告げた。

  面の下から現れた顔は、翠とそう変わらぬ年頃の少年のものである。

  性別を感じさせない風貌だが、こちらはかなりの美形だ。

  だが表情が欠落したようなその顔に、翠は何となくおぞ気のようなものを覚えた。

 「ある人の名代で来たんだけど、丁度良いところに出くわしたみたいだな。

  彼らを探し出して排除する手間がはぶけた」

  感情を伺わせぬ声が放った台詞に、思わずカチンときて翠は言い募った。

 「なにも、殺す必要はなかっただろう!?」

 「大会への禍根を残すわけにはいかないからね。当然の処置さ。

  それに彼らのクライアントには、もう話をつけてある」

 「……大会? 何だよそれは?」

  そう問うた翠に応えて、少年が何かを彼女に向けて投げつけた。

  中空で受けとめ、見てみるとそれは何かの招待状のようだった。

 「ら……せん……?」

 「そうだよ。君も選手にノミネートされてる」

  怪訝な顔の翠に、相手はそう言葉を続けた。

 「世界各国から……いや、この世界の外からも、戦闘能力の高い女性を一堂に会して、

  闘いで生き残った者を決める。そういう大会さ」

 「……」

  この誘いに裏があることは明白だった。

  翠の頭の中で、ひっきりなしに警報が危険を告げている。だが、

 (ヤバいね……ゾクゾクしてきちまう……)

  同時に自身の中に熱く血が滾ってくるのを、彼女は感じていた。

  かつて異世界―イ・プラセェル―に招かれた時の事を思い出す。

  あの闘いから戻って以来、翠の中にずっと燻[くすぶ]っているものがあった。

  あの異世界で闘った相手よりも強い存在には、今日まで巡り合っていない。

 (ったく、我ながら悪いクセだよッ!!)

  少なくとも目の前の相手は、確実に強い。三人がかりなら翠でもまず、勝てないだろう、そう思わせる程に。

 「どうせ、否[いな]やは無いんだろ?」

  翠の問いに、相手は黙って頷いた。

 「だったら、約束してよ。絶対にアタシが満足するような強い奴と、闘わせてくれるってね」

 「絶対に」

  相手の言葉にはウソはない。それくらいは翠にもわかった。

  まだ隠されている事実もあるのだろうが、それは行ってみてから考えればいい、そう決めこむと翠は言った。

 「なら善は急げだ! 案内してくれよ、その『螺旋』とやらにさ」

  親父は激怒するだろうが、そんなのはいつものことだ。

  あの男は……この成り行きを見たら呆れるだろうか。それとも何と言うだろう……?

 (……って!! なんで今あんなヤツのことが出て来るんだよ!?)

  ぶんぶんと頭を振って、翠は少年の案内する道へと歩を進めた。

 

  だが、己を待つ運命がいかなるものか、この時の彼女には知るよしもなかった。

 

 終

 


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