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螺旋―幕間狂言(前編)―
MIKAMI/文
チェシャ/執筆協力


  彼女は全き闇の中を漂っていた。

 <滅ボセ……>

  幾度となく執拗に繰返される声が、これはここ数日見続けている悪夢なのだと、彼女に教えていた。

 <殺セ……>

  血なまぐさい衝動とともに吹き出す声は、自身の内部から沸き上がってくるようにも、彼女には思える。

  記憶に割込んでくる、いくつもの見知らぬ顔。

  それは『彼女』を滅ぼす為に、かつてあの異世界に導かれた者達だった。

 (誰……!?)

  己を呼ばわる声の主に、彼女は叫んだ。

 (あなたは誰なの……?)

 <お前は私……『破壊』をその存在理由として課せられた、我が仮身[かけら]のひとつ……>

  暗闇にほの白い影が浮かぶ。

  古代の呪術士を思わせる奇妙な衣装を身に纏い、あらわな胸元とその顔に文様を施している一人の女。

 <排除せよ、かつてこの身に仇なした存在を。その因子を>

  そう言って妖しく微笑んだのは、彼女の一番良く知っているもの…カドゥサ自身の顔だった。

 

 

 

 

 「……!!」

  天蓋つきの豪奢なベッドの中で、彼女は夢から引き剥がされるように目を覚ました。

  寝台の上に起こした体にも、血の気の失せた顔しにも、悪夢の残滓が粘つく汗となってまとわりついていた。

  寝台の主[あるじ]は、20代前半とおぼしき妙齢の美女である。

  腰までを覆う青みがかった銀髪。睫[まつげ]の長い、切れ長の目許と、薄く整った唇。

  怜悧ささえ感じさせる美貌は、均整のとれた肢体と合まって、その持ち主を作り物めいた存在に見せていた。

  ただ薄衣の夜着を押し上げる、アンバランスなまでに豊満な胸乳[むなぢ]と、

  焚きしめた香の匂いに僅かに混ざる、成熟した女の芳香が、

  かろうじて彼女を生身の女性であると知らしめている。

  ヴィダ・カドゥサ。中東某国の第一王女にして第五王位継承者。

  それが『この世界』での、彼女の肩書きだった。

 

  窓から射し込む月の光が、唯一の灯りとして部屋を仄明るく染めている。

  カドゥサは悪夢の記憶を振り払うように、ちいさく頭を振った。

  汗をかいたせいか、喉がカラカラに渇いている。

  寝つけぬままに枕もとの水差しに手を伸ばしたとき、カタンと不自然な物音が彼女の耳に届いた。

 (誰か……いる!?)

  カドゥサは、枕の下にある短剣を手にすると、闇の中の気配を探った。

 「シェラ! シェラザード!!」

  幼い頃からの護衛の名を呼ばわる。だが常に部屋の影に潜んでいるはずの相手からは、応えはなかった。

 「シェラザード!? ここへ!!」

  二度目の問いかけに答えたのは、彼女の聞き知った声ではなかった。

 「済みませんが、彼女にはちょっと眠ってもらってます。まあ、死ぬような事はしてませんから、ご心配なく」

  そう言った声はまだ若い……少年のようにも思える、男のものだった。

 「誰!?」

  誰何の声に、相手はのどかとも言えるような声音で答えた。

 「ああ、僕のことは『不知火』と呼んで下さい」

  侵入者はそう名乗ると、寝台の上で身を固くしているカドゥサに近づく。

  そのままひょいと、ベッドを覆う天蓋の薄いカーテンを開いて、彼女の前に姿を晒した。

 「何!?」

  それは、声から予想された通りの少年だった。まだ十代後半に差し掛かった位の年齢に見える。

  月明かりに照らし出される、引き締まった細身の体躯。中性的に整った顔立ちは、東洋人であるようだった。

  この少年が王室の厳戒な警護を易々とくぐり抜け、手練れの護衛を物音一つ立てずに無力化させたとは、

  カドゥサならずともにわかには信じがたかったろう。

  ニコニコと屈託の無い笑みを、少女のように端正な顔に浮かべ、

  不知火と名乗った少年はどこで習い覚えたか、流暢な公用語で彼女に話しかけた。

 「初めまして、カドゥサ姫。いや『イハドゥルカ』……それとも『リア』とお呼びした方がいいのかな?」

  カドゥサにとっては謎のような言葉を吐くと、無造作に寝台の上に移動する。

 「存在の根元を同じくする為、『仮身』は皆似通った姿を取ることが多い……

  予想はしてたけど、正直ここまで瓜二つとは思わなかったな」

  無邪気な感心を覗かせて、不知火は薄絹に包まれたカドゥサの肢体にゆるりと視線を這わせた。

  豊かな銀髪が滝のように流れて、白磁めいた肌を彩る。

  人種を感じさせない容貌は、白系ロシア人である彼女の母親……第三王妃から譲り受けたものだった。

 「最初は覚醒する前に始末しようかと思ったんだけど、気が変わりました」

  不知火と名乗った少年はそう言うと、

  カドゥサの怯えと混乱の表情を楽しむかのようにクスクスと笑ってみせた。

 「不埒者!!」

  状況に呑まれていた己を取り戻すと、彼女は鋭い声でそう詰した。

  柄に宝玉のあしらわれた短剣を顔前で構え、不知火から距離を取るように後ずさる。

 「誰の差し金か知らぬが、このような狼藉、許されると思っているのか……!?」

  不躾に彼女の顔を覗きこむ不知火を、カドゥサは厳しい表情で睨み返した。

  古いイスラムの戒律が支配するこの国では、未婚の女性が男性に素顔を晒すのは、

  裸を見られることにも等しい恥辱である。

  まして彼女は王族なのだ。本来なら不知火の行動は、何度死刑にされても文句は言えないものである。

  だが彼はカドゥサの憤りなど意に介さない様子で、彼女の腕を片手で掴んでねじあげた。

 「……や!?」

  ギリ……と、少年の華奢な外見からは想像もつかない力で、カドゥサの両手首が縛められる。

  痛みは全く感じないのに、彼女の両腕の自由はそれで完全に封じられた。

 「危ないじゃないですか。こんなもの振り回してたら怪我しちゃいますよ?」

  そう言って短剣を難なく取り上げ、絨毯の上へと放る。

 「気丈なんですね……王家の誇りってヤツですか? 結構好きだな、そういうの」

  状況に不釣り合いな笑顔に、ぞくり……と冷たいものがカドゥサの背筋を走る。

 「機会があったら『あなた』の方とも遊びたいんだけど、残念です。今日は大事な用事があるんで」

 「何を……?」

  この男は何を言っているのだろう? と、恐怖にも似た困惑が怒りを押しのけて

  再び彼女の心に沸きあがってきた。

 

  すうっと、気配を感じさせぬ動作で、不知火が空いている方の片手を白い首筋に触れさせた。

 「やめ……っ……!?」

  身を引こうとしたが、何かの体術によるものなのか、彼女がそれから逃れる事はかなわなかった。

  伝い降りる指先は触れているだけで、甘く痺れるような感覚を彼女の肌にもたらす。

  その耳朶に朱唇を寄せて、吐息を吹きかけるように不知火が囁いた。

 「最近……悪い『夢』を見るんじゃありませんか?」

  ビクッと、驚きにカドゥサの背が撥ねる。

  それを押さえ込むように、首筋を這い降りた手が、片方が赤子の頭ほどもある乳房をくるみ込んだ。

  異性を全く知らないカドゥサの身体が、巧みに与えられる甘い刺激に抗うすべは無かった。

 「『もう一人のあなた』が、呼んでいる声を、聞いた事があるんでしょう……?」

 「な……? ……ひぁっ……」

  何故、彼がそんな事を知っているのか? 彼女のその問いは、薄絹越しに先端を撫で上げる指に封じられた。

 「その声に従って、あなたが日本にアサッシンを送ったことも知ってるんです。

  過激な原理主義派の組織に資金援助までしてね。

  もっとも、今のところ全部撃退されてるみたいですけど」

  クスクスと不知火がからかうように笑う。だがその声に屈辱を感じるよりも先に、

  なぜ彼がそこまでを知っているのか、そもそもこの少年の目的が何なのか、

  そんな疑問がいくつも、彼女の中をよぎっては消えた。

 「自分が自分じゃなくなるような、そんな感じになったことは……?」

  不知火の指がそのまま、たっぷりとした胸のふくらみを撫でつける。

  時折その質感を楽しむように、やわやわと揉みしだく。

  彼女が生まれて初めて自分以外の人間から与えられる、強烈な刺激。

 「……く……ふぅ……イヤぁっ……」

  こらえきれない喘ぎが、彼女の唇からこぼれる。

  同時に心の底から湧き出してくる恐怖。

  まるで己の精神が何か他の存在に食い荒らされ、染め上げられて行くような……

  それは悪夢の中でも繰り返し、カドゥサを苛んできたものだった。

 「……は……あ…………あぁっ……イヤ……」

  快楽と、恐怖。二つの相反する感情にその意識を引き裂かれ、カドゥサの思考が混濁してくる。

 「ねえ、思い出してよ。自分が本当は何者なのか……」

  囁かれる声は、抗う事のできない力で彼女の意識を犯す。

  乳房を嬲る指が、軽く先端をつまみあげた。

 「あ……はっ……んあぁぁぁぁッ!!!」

  絶頂に突き落とされる意識の中でカドゥサは、冷たく自分を見下ろす彼女自身の姿を見ていた。

 

 <誰だ? 我が意思に、触れる者は……>

  その声は、音声ではなく直接不知火の脳裏に響いた。

 <我が意識を、呼び覚ます者は誰だ?>

  くす……と、不知火の口辺に微かな笑みが浮かぶ。

  だが次の瞬間、室内に炸裂した光に、彼の身体は吹き飛ばされていた。

 

 「火鳥閃[かちょうせん]!」

  深紅の炎が朱雀の姿を取って、不知火と光の間に出現する。

  コンマ数秒の隙を縫って、彼が背後の空間に飛びずさると、

  蒼い光球は、彼の咄嗟に放った炎と対消滅して、その場で小爆発を起こした。

  彼が防護の技を張るのが一瞬でも遅れていれば、恐らくその足下の絨毯[じゅうたん]のように、

  原子レベルまで跡形も無く分解されていただろう。

  回避の動作が遅れていたとしても、恐らく結果は同じである。

  再び静寂が訪れた部屋には、すさまじいオゾン臭が立ち込め、

  彼の元いた場所は、丸く空間が切り取られたように床板ごと消滅していた。

 

  異変は床の上だけではなく、ベッドの上の存在にも起こっていた。

  今しがたまで不知火の手でなすすべもなく喘がされていたはずのカドゥサが、

  寝台の上に身を起こし、冷徹な表情を不知火に向けていた。

  鋭く切れ上がった瞳は、もとの薄い青ではなく、金色の光を薄闇に放っている。

 「イハドゥルカ……いや、『リア』かな……」

  呟くと、不知火はぽりぽりと頭を掻いてぼやいた。

 「あっぶないなあ、もう……いきなりなんて非道いじゃないですか」

 「ほぅ……人間ふぜいで我が火炎衝撃球に応じれる者が、奴の他にも居たとはな……」

  何事もなかったかのように、ぱたぱたと服の埃をはたく彼の姿を見て、

  すぅ……と、カドゥサであった者は切れ長の目を眇めた。

 「貴様か? 我が意思をこの身に引きずり降ろした『たわけ』は」

  目の前の、カドゥサの姿をした女は、破壊的な光の名残をその肌に纏わせて、

  凍るような瞳を不知火に向けていた。

 「この身はまだ、覚醒の時を迎えてはおらぬ。

  何ゆえ、小癪な手妻を用いてまで、今ここに我を呼んだか? 人間」

 「えっと、お願いしたいことが二つほどあるんです。

  まず、あなたが刺客を送っている相手の一人に、僕らも用事があるんで、

  出来れば彼女はこちらに譲ってもらえませんか?」

  カドゥサ、いやイハドゥルカと呼ぶべき存在はそれには答えない。

  物理的な圧迫感さえ伴う凄まじい殺気が、この空間を満たしていた。

  おそらく常人なら、正気で立っていることすらできなかっただろう。

 「それと、もう一つのお願いなんですけど……」

  だが、向けられているだけでダメージを受けそうな威圧感を、風と流して不知火は、

 「犯[や]らせてください」

  語尾に音符でもつきそうな口調でそう言うと、にっこりと笑った。

 

 

 


解説

 長々とお目汚し失礼致します。MIKAMIと申します。

 今回は、チェシャ様の御厚意により、『螺旋』の外伝作品を書かせて戴く事とあい成りました。

 内容は、『螺旋』の世界観に、『封神領域エルツヴァーユ』を混ぜた形になっています。

 って、「またエルツかよ」とかいうお声が聞こえそうですが(T_T)。

 

 で、内容に関する言い訳をニ三…(^_^;)。

 

 これは後編の内容になりますが、カドゥサの本身の呼称について、

 本来は『リア』とすべきところを、ここでは判り易さを優先して

 あえて『イハドゥルカ』とさせていただいております。

 それとイハドゥルカを語る上で本来は外せない存在である幽祢[かくりね]ですが、

 今回彼女についてはオミットしています。

 これは読者の大半がエルツをご存知ないだろう事と、幽祢の存在を作中で示唆すると、

  話が冗長になる危険性があったためです(タダでさえ無駄に長いっていうのに(T_T))。

 というわけでエルツご存知の方、この話においては幽祢対策(爆)は既に、

 別の経緯で行われた後だとお考え下さい(^_^;)。

 

 今回、MIKAMIの駄文に『螺旋』の名を冠する事、

 またご自身のキャラクターである不知火君を、作中に主人公として登場させる事をお許し下さった、

 チェシャ様には、この場をお借りして改めて御礼申し上げます。

 本当にありがとうございました!

 

 応援といいつつ足を引っ張る形になってしまったMIKAMIに、

 お忙しい中で不知火君の設定を送って下さったり、内容のチェックまでして下さったチェシャ様には、

 ホント、お礼の言葉もありません(お礼は作品で…とかほざいてみたい気もするですが、

 いかんせんそれに値するモノを書くのは、自分には不可能〜(T_T))。

 

 それでは毎度のことではありますが、ここまでお付き合い下さった方、

 いらっしゃいましたら真にありがとうございます。

 後編の方も、お読みいただければ御の字です(^_^)。

 

 2001.8.23 MIKAMI拝

 


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