| free hosting image hosting hosting reseller online album e-shop famous people | ||
![]() ![]() |
||
「わあ〜〜〜〜〜」
思わず馬車から身を乗り出しながら、シーラは歓喜の声を上げた。
「2年も経ったけど、やっぱり何も変わってない!」
風に飛ばされそうになる帽子を抑え、その町並みを見渡す。
眼前に佇む町は、2年前に彼女が見たものとまったく変わっていない。一枚の美しい風景画のようなその町は、まるで諸手を広げて彼女を歓迎しているようにも見えた。
「ただいま!エンフィールド!」
その懐かしき町に向かって、彼女は大声で叫んだ。
「ありがとう。後は自分で歩いていくわ。久し振りに、この町を自分の足で歩いてみたいの」
エンフィールドの入り口で、シーラは乗ってきた馬車を降りてそう言った。丁寧に御者に頭を下げると、懐かしい感触のする大地に足を踏み出した。その感触は非常に心地よく、異郷の地ローレンシュタインとはまた違った包容力が、この土にはあった。
そうして一歩一歩踏み出すたびに、シーラはこの町の思い出を噛み締める。それと共に、肌に触れる空気がようやくこの町に帰ってきたのだと実感させてくれる。
「おや、シーラじゃないか」
「あ、リサさん、お久し振りです」
物思いに耽っている時にふと掛けられた一言によって、シーラははっと我に帰る。そして、目の前の顔見知りの女性に笑顔で挨拶をする。
「本当に久し振りだね。で、向こうでの成果はばっちりかい?」
「はい。おかげさまで」
2年前と変わらない、普通の会話。シーラは、これにさえ感極まって涙を流しそうになる。
「ところで、悠くんはどこにいるんですか?早く知らせてあげたいから」
と、その言葉で、正確にはシーラの恋人である悠の名を聞き、リサの顔色が一気に重くなった。悲しそうな瞳でシーラの瞳から目をそらす。急に黙りこくったリサに、シーラは少し怪訝な表情を浮かべた。
「あの、リサさん?」
再び尋ねる。今度は少しの間沈黙し、そして、重い声でゆっくりと、リサは口を開いた。
「・・・ボウヤは・・・・・・・・・・・・・・・」
リサの口からこぼれ出た現実。それに、シーラは愕然とした表情を見せた。
「悠くん!」
まさに転がり込むような勢いで、シーラはジョートショップの扉をくぐった。その店内には、盲目の未亡人アリサと、そのペットのテディがいた。馬車を降りるころには太陽がほぼな上にあったので、今は昼頃だろう。二人(というか一人と一匹)は休憩に入っていたらしく、アリサの目の前には飲みかけの紅茶があった。
「あっ、シーラさん!お久し振りっす!」
「シーラ・・・さん?」
人語を介する謎の生物テディは跳ね上がると、大声を上げた。テディが呼んだその懐かしい名前に、アリサもその名を繰り返す。
「アリサさん、お久し振りです!あの、悠くんは!?」
「ゆ、悠さんっすか・・・」
喋る機関銃ことテディが珍しく口篭もる。代わりに答えてきたのは、その主人のアリサだった。曇った表情で、何かを押し込むように。その何かを、シーラも同じ様に抱えている、そう思った。ここに飛び込んできたときのシーラの第一声に、それが込められていたような気がしたから。
「悠君なら、いつもの部屋にいるわよ」
聞くやいなや、シーラは駆け出した。テーブルや椅子の間を縫って、ジョートショップの奥へと駆け込む。その背中を、アリサは光の消えた瞳で追いかけた。
「悠くん!」
ジョートショップに駆け込んできた時とほとんど変わらぬ勢いで、シーラは悠の部屋の扉を開いた。力任せに開けたので、金具と木材がぶつかる大きな音がする。だが、今のシーラには、そんなものに取り合う余裕はなかった。
「あ、あなたは、シーラさん!?」
中にいた少年は、突然開かれた扉の音と、それに次いで現れたシーラの姿を見て、驚きのあまり上ずった声で言う。その少年は、確か見たことがある。と言っても、何度か町中でちらりと見かけただけだ。
名も知らぬ、自分と同い年ぐらいのその青年のすぐ側に、シーラの視線は向いた。そこにいたのは・・・、
「悠・・・くん・・・」
シーラの声は、掠れた声になっていた。先ほどまでの勢いは全て吹き飛び、青年の傍らに座っている悠に釘付けになった。
「・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・」
悠は唇を動かす。しかしそこから発されるはずの"言葉"はなく、吐く息が喉に突っかかるような、そんな音だけが微かに聞き取れた。
部屋の中は、机に置かれたガス灯の明かりがあっても、不気味なぐらいに暗かった。その闇の中でも、悠の様子は悲しいほどはっきりと見て取れた。
まず目に入ったのは、両目を覆い隠すように巻かれた包帯だった。そして次に、首に巻かれた包帯。最後はその側に置かれた木の杖と、妙に薄い左の袖だった。袖は、そこにあるべきはずの腕の厚みは一切なく、しおれた花のように垂れ下がっていた。部屋の中に僅かに吹く微風にも、力なく揺れていた。それは、本来そこにあるはずのものがない証拠だった。
あまりにも変わり果てたその姿に、シーラはその場に立ち尽くしていた。先ほどリサからは"重傷を負った"とは聞いたが、これほどまでに酷い状況だとは思わなかった。
「・・・・・・っ・・・・・・・・・」
悠は残った右手で近くのテーブルを手探りで探し当て、そこを支えにしてゆっくりと立ち上がった。だがしかし、悠の体重を支えるはずの両足はがくがくと震え、膝を完全に伸ばし切る前に、その体は、がくっと沈んだ。
「あっ・・・」
「悠くんっ」
ほんの数歩の短い距離を、シーラは駆け出そうとした。だが、その一歩を踏み出した時、悠のすぐ側にいた青年が、その体を受け止めた。
「ダメですよ、悠さん。もうまともに動ける体じゃないって、トーヤ先生も言ってたじゃないですか」
なだめるようにそう言い聞かせながら、悠の体を元いた椅子に腰掛けさせる。その行為は一人では辛そうに見えたが、タ
イミングを外したシーラは、その様子を黙って見守っていた。その時、
「おい明、そろそろ交代の時間だぞ」
背後から、聞きなれた声が聞こえてきた。振り向くとやはりそこには、自警団に所属している顔馴染みアルベルト=コーレインが、覗き込むように立っていた。
明というのは、悠の世話をしているこの青年の名前だろう。確かローレンシュタインにいた頃に受け取った仲間達の手紙に、彼のことが書いてあった。なんでも、自警団内の潰れかけた一部隊を、老隊長からその地位を受け継ぎ、何とか立て直したという青年だ。
「シ、シーラ・・・・・・・・・」
アルベルトは予想外のその人影に、驚愕と共にとても辛そうな表情を浮かべた。言葉を押し込めるように歯を食い縛り、シーラから視線を逸らす。
「アルベルトさん。悠くんに、一体何があったんですか?」
何度も言葉を交わしたので話しやすいと思ったのか、シーラは問い掛ける。しかしアルベルトはその大きな手で顔を覆い隠し、絞り出すような声でうめいた。
「すまねえ・・・・・・俺のせいで・・・・・・悠が・・・・・・」
まるで自分の体をナイフで切り刻んでいるような、そんな声。シーラはその言葉の意味も解からず、呆然と立ち尽くしていた。
「ガシャドクロという猛毒を持った蛇の毒だ。最近発見されたばかりでな、治療法や血清は見つかっていない」
それが、このエンフィールド一の、いや、エンフィールド唯一の医師トーヤ=クラウドが発した第一声だった。
エンフィールドの北方にあるクラウド医院。そこに、名医トーヤはいた。悠の状態を尋ねるために、一番その道に詳しいであろう人を訪ねたシーラへの返答は、実に絶望的なものだった。
「・・・・・・治らないんですか?」
必死の思いで絞り出したシーラの言葉に、トーヤは静かにかぶりを振った。
「さっきも言ったとおり、三ヶ月前に発見されたばかりで、まだ満足の行く治療法が見つかっていないんだ。魔術師ギルドにも協力を求めたが、何とか毒の進行を塞き止めるだけで精一杯だった。その蛇は一回でも噛み付けば即息絶えるが、噛まれた方も無事じゃすまない。身体中のあらゆる神経が蝕まれ、爆発的なスピードで破壊されていく。幸い、悠は対処が早かったから、あの状態で済んだが・・・」
「対処・・・?」
ああ、と呟いて、トーヤは人差し指と中指をぴたりと合わせて、それを自分の左腕に押し当てた。
「斬ったんだよ。噛まれた左腕をな」
一瞬、シーラは我が耳を疑った。しかし、それは紛れもない事実だということを、トーヤの真剣な瞳が語っていた。
「酷な言い方をするようだが、腕を切り落とした悠の判断は正解だ。あのままでは毒が全身に回り、やがてのた打ち回って死ぬ。そういう患者を、俺はこの三ヶ月で何人も見てきた。ガシャドクロに噛まれて生きているのは、悠一人だよ。しかし、それでもほんの少し流れ込んできた毒に、悠は全身の神経をほとんどやられた。幸い命に別状はなく脳もほぼ正常だが、まあ、その代償は、お前も見た通りだ」
「つまり・・・・・・もう・・・悠くんは・・・・・・」
「ただ生きていく分には問題ない。だが、もう今までのような生活は、二度とできないだろうな・・・」
いつの間にか涙が頬を伝っていることに、シーラは気付く。
普通なら4年はかかるといわれたローレンシュタインでの留学をその半分の2年間で終えたのは、全て悠に会いたいがため。その思いが、今までシーラを、どんな苦しいことがあっても支えてくれた。そんな悠に降りかかった悲劇に、今のシーラはただ、涙を流すことだけしかできなかった。
「なあ、アルベルト。わざわざこんな所でやらなくてもいいんじゃないかな?」
冷汗混じりに辺りに乱立する木々を見回しながら呟く悠。確かこの森林地帯は、幾度となくオーガ等のモンスターが闊歩していた記憶はあった。幸い、今視線が届く範囲に、それらのモンスターはいないが。
「ですよね。僕も言ったんですけど、アルベルトさんったら聞かなくて・・・」
「うるさいぞ、明!」
すぐ側の木陰に座り込み、5メートルぐらいの距離を取って対峙している悠とアルベルトを眺めながらぼやく悠に、アルベルトは首だけをそちらへ向かって叫んだ。すぐさま、悠の方へと向き直る。
「まあそんなわけで!帰ってくるのが予想に反して半年も遅かったとか、ジョートショップの仕事が忙しくて手が離せなかったとか、なんか俺の顔見るなりまったく反対方向へ逃走していったとか色々あったが、それも今日までだ!約2年前の決着、今こそつけてやる!」
一息にそこまで捲くし立ててから、携えていた槍の矛先を悠へと向ける。明は大して感動したような素振りも見せず、ただし一応心の篭ってない拍手をしながらも、密かにぜえぜえ言っているアルベルトをさりげなく見ていたりもする。
対する悠は、久し振りの風景を視線だけ動かして眺めていたところ、いきなり槍を突きつけられて、やや驚いたかのようにそちらを向いた。あまり悪びれた様子もなく、ポリポリと後頭部を掻きながら、
「すまん。よく聞いてなかった」
と言い放った。
明は"ああ、やっぱり"というような表情を浮かべ、アルベルトは激昂し、顔を真っ赤に染めた。
「ああ、もう!だったら細かいことは抜きだ!今すぐ決着をつけるぞ!」
叫ぶなり、アルベルトは槍を構えながらこちらへと突っ込んできた。悠は静かに腰を下げ、携えたままの鞘を腰溜めに構え、そっと長剣の柄に手を添えた。二人の距離はあっという間に縮まる。その時、
(!?)
悠は、殺気を感じた。アルベルトからではない、もっと異質な何かが発する殺気を。それはすぐ横手の茂みから、僅かにだが、強烈に臭っていた。そしてその臭いが向けられた先は・・・。
「アルベルト、危ない!」
すかさず、悠はアルベルトへ体当たりを喰らわせた。両者の体重差を考えれば、悠がアルベルトを吹き飛ばすなど、不可能だっただろう。だが、火事場のなんとやらのおかげなのか、アルベルトの体は、1メートルぐらいだが後方へ吹き飛んだ。その時、
キシャアアアアアアアアッ!
奇妙な声をあげ、先ほど殺気を感じた辺りから、細長い"何か"が悠に、いや、正確には先ほどまでアルベルトがいた場所に向かって突進してきた。それは鋭い牙を剥き出しにし、悠の左手に深々と噛み付いた。
「なっ!?」
「悠さん!」
慌てて明は傍らに置いてあった棒を拾い上げ、そちらへと駆け出す。アルベルトもすぐさま姿勢を整え、そちらへと大きく踏み込んだ。構え直した槍を、悠の腕に噛み付いた蛇のような生物に向かって振るう。すぐにそれの胴体は吹き飛び、紫色の血液を辺りに撒き散らした。
「悠っ!」
その一瞬で倒れこんだ悠に駆け寄り、左腕にいまだ噛み付いている蛇の頭を引き剥がした。
「アルベルトさん、後ろ!」
明は叫び、屈みこんだアルベルトの頭上を跳び越すほどに大きく跳んだ。そして、背後からアルベルトに噛み付こうとしていた別の固体の上顎に棒の先端を引っ掛け、そのまま真上に弾き飛ばした。
「はっ!」
数瞬後に降ってきたその蛇を、棒を大きく薙ぎ、先ほどの蛇と同じ様に胴体を真っ二つにした。
「おいっ、悠!悠っ!!」
その間に、アルベルトは必死に悠に声を掛けていた。悠は苦悶の表情と汗をびっしりと浮かべ、苦しそうにうめいていた
。蛇に噛まれた部分は、蛇の血液と同じ様な紫色に変色し、それがゆっくりとだが、だんだんと広がっていった。
「こいつは・・・・・・・・・ガシャドクロっ!?」
真っ二つに千切れ飛んだ二組の蛇の死体を眺め、明は驚愕の声を上げた。ここ最近、エンフィールドを騒がせた謎の毒蛇。それが、この蛇たちの正体だった。
「なんだと!?おい、悠!大丈夫か!?」
しかし、悠は答えない。その代わり、右手の指をピンと揃え、それを左肩に押し付けた。
「悠さん。まさか、毒が回りきる前に腕を・・・?」
「バカ野郎!そんなことできるか!」
アルベルトは叫ぶが、左腕の変色は、確実にその範囲を広めていった。まもなく、その変色も肩の辺りまで届くだろう。悠は震える唇を動かすと、
「は・・・・・・・・・や・・・く・・・・・・・・・」
掠れた声で、その三文字をやっとのことで紡ぎだした。
「くっ・・・・・・・・・!」
歯茎から血が滲み出そうなほどに歯を食い縛り、アルベルトは震える手で側に放り出した槍を取り、悠の体を地面に横たえさせ、その槍を大きく振り上げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
全ての感情を振り切ってしまいそうなほどのアルベルトの叫びが、木々や葉を揺らした。
「そう。そんなことが・・・・・・」
街の中央にあるいつもの公園の中、シーラはベンチに座り込み、陽の光の下を駆け回る子供達を眺めながら、明のその話に耳を傾けていた。屈託のない笑顔を浮かべる子供達を見ていると、以前、悠とこの公園で語り合った日のことを思い出す。ほんの一年半前の出来事だが、今はそれがひどく遠い思い出に思えた。
「それから、アルベルトさんはずっとその事に負い目感じて、仕事にも全然身が入ってないし。悠さんと親しかった人たちも、なんか、心にぽっかりと穴があいちゃったみたいで・・・」
そこで少し言葉を区切り、視線を浮かせてちらりとシーラの表情を伺う。
「僕も、アルベルトさんと同様、その場にいたのに、何もできなかった。悠さんとはほんの1年足らずの付き合いでしたけど、あの人が何であんなにもたくさんの人に好かれるのか、その理由が解かったような気がしました。だから余計に、今のこの街の雰囲気が辛くて・・・」
「ねえ、明くん・・・」
「え・・・?」
不意に、シーラが呟いた。明は言葉を中断し、そちらの方へと耳を傾けた。
「悠くん、何とか元気付ける方法、ないかな?」
「・・・へ?」
聞き返す。シーラは依然として俯いたままだが、その口調には、次第に力がこもってきた。
「ほら、トーヤ先生が言ってたじゃない。悠くんの脳の方は、ほとんど正常だって」
「そうか。悠さんは体こそボロボロだけど、頭の中はいつもといたって変わらない。そういうことか」
「うん。多分ね。だから、一番辛いのは悠くん自身だと思うの。だから、何とか励ましてあげたいな、って」
それを言い終える頃には、シーラは顔を上げ、こちらを見ていた。さっきまで塞ぎがちだった表情も、少し明るくなっている。
「うん、それ、いいアイディアだよ。悠さん、喜ぶと思うよ」
いった明の言葉に、シーラはいつもの微笑で返した。
こんなことをしても、悠の体が治らないことは承知の上だった。しかし、大好きな悠に、何かをしてあげたかった。そう決意した時、シーラの涙は止まっていた。
「そう。それで、コンサートを」
「はい。って言っても、本当に小さなもので、コンサートって言っていいものやら・・・」
少し照れくさそうにそう言い、シーラはカップに注がれた、まだ湯気に立ち上るお茶を一口含んだ。その向こうに座っているアリサは、やはり同じカップで、同じお茶を飲んでいた。
「わたしも、観にいっていいかしら?」
「ええ。大歓迎ですよ」
シーラは歓喜の声を上げると、空になったカップを置いて、すぐさま席を立ち上がった。
「もう行くの?少しゆっくりしていっても・・・」
「ごめんなさい。準備とか、色々ありますし・・・」
「・・・張りきってるわね、シーラさん」
「はい。周りにいるわたしたちがいつまでもくよくよしていたら、悠くんだって元気にならないような気がして。だから、せめてわたしだけでも、笑顔でいよう、って」
「ふふ。頑張ってくださいね、シーラさん」
「はい!」
「アルベルトさん。行かないんですか?」
いつものように仕事を終え、明は細かい荷物の入った鞄を肩に掛ける。そのままアルベルトに声をかけるが、その当人は、宿舎にに備え付けられた木製の長椅子に腰掛けたまま、まるで動こうとはしなかった。
「ああ。今更、どの面下げて出ろっていうんだ。俺があんな場所でケリつけようとしたから、こんなことになっちまったんだ。そんな奴がいたら、迷惑だろ」
「そんなこと・・・!」
「うるさい!」
「クレアだって、アルベルトさんも是非、って」
「関係無い!いいか?俺は行かんといったら絶対に行かん!」
(まったく・・・・・・)
少し呆れ気味に心の中で呟いて、明は宿舎を後にした。
アルベルトは、それでも腰を上げようとはせず、頬杖をつきながら、いつまでも背を向けていた。
「・・・・・・・・・ちっくしょう・・・」
思わずもらしたアルベルトの呟きを、誰も聞くことはなかった。
「ではこれより、シーラさんの特別ミニコンサートを行うっす」
いつの間にか司会を担当しているテディの言葉に、まばらながら、その場にいた全員は拍手で応えた。
場所は、エンフィールドの西のはずれにある、小さな教会だった。まったく宣伝していなかったためか、観客は悠とアリサと明、それに、アルベルトの妹クレアと、この教会の持ち主である牧師だけである。
そんなかなりの少人数で行われたコンサートは、澄み切った一つの音で始まった。それを追いかけるように、次々と様々な音が紡がれてゆく。それらは外界と隔絶されたような雰囲気を持つその空間に響き、空気の色さえも、澄んだ旋律へと染めていった。
曲は、あの時シーラが弾いた曲だった。今から約2年半ほど前、エンフィールド唯一にして、外の世界でも稀にみる大劇場で弾いた、あの曲。悠との思い出の一つでもある、あの曲。
(わたしはトーヤ先生みたいに医学には全然詳しくないし、魔術師の人みたいに神聖魔法も使えない。わたしにできるのは、ピアノを弾くことだけ。でも、わたしは忘れない。ピアノのおかげで、わたしは悠くんとここまで来れたのだから。だから・・・)
想いを乗せた旋律。それは、悠の心にも届いていた。いや、その場にいた全ての人にも、その断片は確実に伝わっていた。その旋律には、悠と知り合ってから共にこの街で過ごした1年余りの時、そして、悠に励まされ、大好きなピアノのために留学したローレンシュタインでの日々と思い出が、一杯に詰まっていた。
気が付いてみれば、コンサートはほんの一時間ほどで終わりを告げた。白い鍵盤を押すシーラのしなやかな指がゆっくりと離れ、それまでその空間を支配していた旋律が途切れる。しかしその余韻は、今もこの空間に響いていた。
ゆっくりと、シーラは顔を上げた。そして椅子から立ち上がり、深々と客席の方へと礼をする。再び沸き起こる拍手に、彼女は顔を上げ、笑顔でそれに応えた。
「コンサート、大変良かったわよ」
「ありがとうございます」
準備などに手間取ったせいか、コンサートが終わる頃には、既にどっぷりと日が暮れていた。まばらに見える街灯や家々の明かりが夜道を少しは照らすものの、舗装された街道しか見えないような状態だった。
明はクレアを連れ、一足先に帰宅していた。本当は後片付けもあったのだが、あんまり遅れるとアルベルトになんて言われるか解からない、と言って早々に帰ってしまった。
「そうだ、アリサさん。少し、悠くんと二人きりにさせてもらっても構いませんか?」
悠が乗った車椅子を押しながら、シーラはアリサに尋ねる。アリサは微笑むと、首を縦に振った。
「あまり、遅くならないようにね」
「はい!」
アリサはいつものように穏やかな物腰で、その場を後にする。闇の中に二人残された悠とシーラはしばし無言で立ち尽くし、当然ながら、先に口を開いたのはシーラであった。
「ねえ、悠くん。公園に行こうか?」
微かに、悠の頭が動く。注意深く見ていたシーラには、それが、頷いたものとわかった。
教会からの帰り道、街の中央に差し掛かった街道には、所々に公園への入り口と思われる、草が刈られた平地があった。もっとも、草は足首に届くかどうかといった長さで、特に気にすべきものでもない。そのため、この出入り口が頻繁に使われているといったら、そうではなかった。むしろ、目印代わりに使われることの方が多いようなきがする。
悠が乗っている車椅子の関係上、シーラは草の上を行かず、比較的地形に変化がない、名前だけとなってしまった出入り口から公園へと入った。
夜の公園は、それこそ闇に覆われていた。星明りやぽつりぽつりとある街灯などは、ほとんど気休めにもならなかった。しかしシーラは、街灯がすぐ真上に設置されているベンチの方へと足を進めていた。
「ねえ、悠くん。この公園でも、いろいろあったよね」
囁きかけるように、夜空を見上げながらシーラは言った。悠は言葉こそ発せられないが、それに答えたような気がした。
シーラは悠の体を起こし、何とかベンチに座らせた。その隣りに、シーラは腰掛ける。それから数分、二人は再び無言で、じっとその場に座っていた。やがて、シーラが再び口を開く。
「悠くん。今日のコンサートで弾いた最後の曲、憶えてるかな?あれね、向こうで悠くんやみんなのこと思い出して、それで作った曲なんだ。帰ってきたら真っ先に、悠くんに聞いて欲しかったの。本当言うと、今日急いでコンサート開いたのも、それが理由だったかも知れない・・・」
不意に、シーラの手に暖かい感触が広がる。
「え?」
驚いてそちらを見ると、悠の手が、シーラの手に被さっていた。
「・・・・・・・・・シ・・・・・・っ・・・・・・ラ・・・・・・」
「悠・・・・・・くん・・・・・・」
シーラは、一瞬我が耳を疑った。微かにだが、悠の口から、音がこぼれた。それはまだ意味も成してない、不規則な文字の羅列なのかもしれない。しかし、トーヤからもう喋れないと聞いたシーラにとっては、それは非常に喜ばしい出来事であった。
「悠くん。今・・・」
それでもまだ信じられずに、目じりに涙を溜めたまま、呆けた表情で聞き直す。
「・・・・・・・・・・・・シー・・・・・・・ラ」
今度は、はっきりと聞こえた。しかもそれは、自分の名前だった。言葉を失ったかに思えた悠が発した最初の言葉が、自分の名前だったのだ。シーラの瞳から、自然に涙が溢れ出した。
「悠くん!」
シーラは嬉しさのあまり、勢いそのままに悠に抱きついていた。体が不自由の悠は踏ん張ることができずに倒れそうになったが、ベンチの背もたれに支えられ、何とかその姿勢を保っていた。
自分の胸で涙を流すシーラを、悠は残った右腕で抱きしめた。
それから数分の後、二人の永遠とも思える時間は、シーラの言葉によって打ち切られた。
「・・・ねえ、悠くん。アリサさんが心配するから、もう帰ろうか・・・」
「・・・・・・・・・・・・ぁぁ・・・・・・・・」
また、言葉を発した。微かに発せられたその同意の言葉に、シーラは悠の胸に顔を埋めたまま、静かに頷いた。
「・・・んっ」
唇と唇が触れる。悠とのキスは、これで二度目になるのかと、そんなことを考えていた。一度目は、ローレンシュタインへと旅立った、二年前のあの日。あの頃はほんの数秒だけで終わったが、今回は呼吸が続く限り唇を押し当てていた。
ジョートショップに帰った後、悠を部屋まで運び、ベッドに寝かせた、その後のことである。
いきなりこういう事をするのは、シーラとて抵抗があった。しかし、公園の中で抱き合ったあの温もりが忘れられず、気が付いたら唇を重ねていた。この後の展開は、いくら箱入りのお嬢様といわれたシーラでも知っている。だがしかし、二人きりというこの密室の中では、そんな意思さえも吹っ飛んでいた。
「悠くん・・・・・・」
触れ合った唇が堪らなく愛しくて、シーラは再び唇を重ねた。
「ふぁっ・・・」
シーラの体が、びくんっ、と跳ねる。悠の手が、シーラの比較的控えめな乳房をそっと撫でたのだ。ぎこちないその手つきでも、まだ自慰も行ったことのないシーラにとっては、その微量な感覚だけでも十分な反応を示した。
シーラが背をわずかに反らせると、唇が離れる。その間に悠は、脇の下から肩甲骨の外周をなぞるように右手を運び、シーラの後頭部に手を添え、頭をこちらへと引き寄せた。そして、今日何度目かのキスが交わされる。
悠はシーラの髪を撫で、背骨に沿うように指を這わせる。
「んっ・・・うぁ」
上ずった声を上げるシーラ。
指を背中から腰へと運び、スカート越しにヒップを数回撫で回す。その度に、シーラは短い喘ぎ声を上げる。
スカートを捲くり、その隙間に指を滑り込ませる。そのまま股間へと持っていき、ショーツ越しの花弁に触れる。
「んっ!」
さっきよりも、一際大きな反応を示す。その短い嬌声は、まだ少し幼い割れ目を軽く上下に擦るだけで、断続的に部屋に響く。何とか声を抑えているものの、初めて感じるその感覚はあまりにも強力すぎて、幾らかは理性の幕を突き破ってしまう。
じんわりと、シーラのショーツが湿っていく。割れ目から染み出してきた愛液が、次第にショーツに染み込んでいったのだ。
ショーツをずらし、今度は直に触れる。
「んっ、ふわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
とろけそうなほど甘美な響きを含んだ声を上げ、シーラは再び背を大きく反る。ゆっくりとひだをなぞると、大きく体を震わせる。今度の嬌声は、深く、長く続いた。
「ゆ、悠くん!もう、わたし・・・!」
悠は指の先端を突き入れ、その中を軽くかき回した。シーラの体は激しく痙攣し、快楽の波にその身を委ねる。次第に頭の中は霞んでいき、目の前が真っ白になる。
「んっ、んあっ、あああああああああああああああっ!」
大きく体を反らせ、今までで一番の声を上げ、シーラは絶頂を迎えた。快楽を受け入れた事のないシーラの体は、ただそれだけの愛撫にさえも敏感に反応し、その意識を高みへと連れて行った。
シーラは糸の切れた人形のように悠の体へと倒れこみ、はあはあと荒い息を繰り返す。そんなシーラの体を、悠は優しく抱いた。
結局、シーラはその1時間後に帰宅していった。
それから必死の看病の後、悠が単語程度に言葉を喋れるようになったのは、その3年後だった。悠とシーラの仲は今でも続いており、その2年後、二人は結婚したという。
終
「や〜〜〜〜〜〜〜っと書き終った〜〜〜〜!」
真魚「まったく、書きなれないもの書くからよ・・・」
「う〜みゅ、今回は否定できない・・・(汗)」
真魚「第一、何で純愛ものなんて書く気になったの?」
「う〜んと・・・・・・・・・単なる戯れ?」
真魚「・・・もういい。聞いたあたしが馬鹿だったわ・・・」
「うう、もう純愛モノなんか書かんぞ〜・・・」
注:
この作品は、以前私が悠久のSSを書いた時の設定で進めております。
といっても、メインキャラの位置付けなどは原作と変わってません。
ただ、1と2の主人公の性格がちょっと違います。
まあ、特に気になる範囲ではないと思いますが、念のため注釈を・・・。
ちなみに、1の主人公(悠)はシーラと、2の主人公(明)はクレアとハッピーエンドを迎えております。